明治維新になって日本がFreedomの考え方に接した時は、欧米諸国はFreedomからキリスト教の表現を消し去り、「文明的であれば、どの民族にもFreedomを認め対等に扱おう」としていました。もっと正確に言うと、「表向きは無宗教だが、本音はキリスト教」というダブル・スタンダードの文明観を欧米諸国は持っていました。
そこで日本は「文明開化」を推進し、大日本帝国憲法を制定して、「自由」を国民に保障しました。そこで欧米列強は、日本が文明国になったことを認めて、不平等条約を撤廃しました。英国などは日本と軍事同盟(日英同盟)を締結するまでになりました。
日本が「文明国」として欧米列強から対等に扱われた時期が、第一次世界大戦ぐらいまで続きました。西欧は戦争の真っ最中で、イギリスもフランスもアメリカも同盟関係にある日本を差別することなど、できませんでした。
しかし第一次大戦後、アメリカはもはや日本に遠慮する必要がなくなり、日本人を露骨に人種差別し始めました。アメリカが日本を差別した理由は一つではありませんが、キリスト教の信仰のない日本をもはや「文明国」と考えなくなったのも、理由のひとつです。
1919年、ヴェルサイユ講和会議で国際連盟の規約を議論している時に、日本は人種の平等を規約に盛り込むことを要求しました。ところが欧米列強は、日本の要求を「宗教の平等」とも理解しました。キリスト教を信仰しているのは白人なので、「有色人種は異教徒だ」という区分けが欧米の白人の頭に中にあるのです。アメリカではイラン人を白人として扱いません。人種的には白人ですが、宗教がキリスト教でないからです。
日本に「人種・宗教の平等」を要求されて、欧米列強は本当に困りました。建前上はFreedomにキリスト教の前提条件は無いのですが、実質的にはあります。そのために理屈の上では反論することができず、日本を無視することにしたのです。昭和天皇は、『昭和天皇独白録』の中で、大東亜戦争の遠因を「日本がヴェルサイユ講和会議で人種平等案を提案したことだ」と述懐されています。
大東亜戦争後、アメリカが圧倒的な力を持つ世界で、またFreedomからキリスト教の前提条件を排除するようになりました。しかし、アメリカや欧州の移民問題の深刻化で、本来のFreedomの解釈(キリスト教徒にしか認めない)が復活しつつあります。
以下はひと続きのシリーズです。
5月17日 「企業は社会的公器」という考え方が怪しくなってきた
5月19日 陸奥宗光は、自由主義に基づいて富国強兵策を実践した
5月21日 『自由之理』を読んで、日本人はFreedomの考え方を知った
5月22日 民主主義の時代になると、多数派から少数派を守ることが重要になる
5月23日 ミルは、子供や未開人には自由はない、と主張している
5月24日 日本の独立には、文明国になること、Freedomを認めることが不可欠だった
5月26日 ミルは、Freedomの考え方とキリスト教の関連を断とうとした
5月27日 ミルは、キリスト教も他の宗教と同じく完全ではない、と考えた
5月28日 ミルは、キリスト教徒以外にもFreedomを認めた
5月29日 日本人が学んだのは、キリスト教を消したFreedomの考え方
5月31日 ルターは、カトリックの修道士になったが、教義に疑問を感じた
6月4日 心正しいキリスト教徒に限って、律法を破っても良い場合がある
6月5日 ルターの「律法からの自由」とミルのFreedomは同じ考え方である
6月7日 バーリンのように、積極的自由を否定するのがこれまでの主流だった
6月8日 明治初期の政府は、税金を投入して自由主義経済を育てた
6月11日 Freedomの誤解と大アジア主義の幻想の根底には、大乗仏教がある
6月12日 大乗仏教は、民族の違いなどなく、勝手気ままな態度が正しい、と教える
6月13日 経団連幹部は、自由主義経済を大乗仏教の教義で解釈している
6月14日 出家しているはずの僧侶が、俗世に関わるようになった
6月15日 Freedomを自由と訳したのは、一種の神仏習合
6月17日 キリスト教も神道も、神は自分の魂を人間に付着させて心を正しくする
6月18日 Freedomは、日本語に訳さないほうが良いかもしれない