バーリンは、積極的自由を否定した

ルターの「律法からの自由」とミルのFreedomは同じ考え方です。ただルターが「心正しいキリスト教徒にのみ認める」とした条件を、ミルは「文明国の大人にのみ認める」とキリスト教色を消して近代的に表現したのが違うだけです。

ミルのキリスト教色を消した自由論を整理し直したのが、アイザイア・バーリン(1909~1997年)が書いた「二つの自由概念」という論文(1958年発表)です。彼はラトビア(生まれた当時はロシア領)で生まれたユダヤ人です。ロシア革命のときにイギリスに逃げ、オックスフォード大学で政治哲学の教授をしていました。

バーリンはの論文で、ミルのFreedomの考え方を整理して無味乾燥にしたものです。ミルは、「文明国の大人」という基準を用いて人間を二つに分け、「文明国の大人」にはFreedomを認め自主性に任せるが、野蛮人と子供にはFreedomを認めずルールを強制して教育をしなければならない、と説きました。

ミルが「文明国の大人」に認めた自主性を、バーリンは「消極的自由」と呼びました。これはfreedom from~のことで、「言論の自由」「職業選択の自由」など我々が学校で教わり、日本国憲法で規定している自由のことです。この説明はまだ分かりやすいです。

そして野蛮人や子供に自主性を認めず教育的見地から強制することを、「積極的自由」と名付けました。黒人を奴隷にしたり、アジアを植民地にしたり、ルソーが無神論者を死刑にしろと主張したりしたことの根底にあるのが、「積極的自由」の考え方です。

ミルはキリスト教の背景こそ消し去りましたが、「人間には立派な者とだめな者がいる」という世間的な常識に基づいた判断があり、差別を認めました。ところがバーリンは、宗教を否定し、人間をみな同じようなものだと考えていました。その結果、人間を上等と下等の二種類に分けることを認めようとせず、「積極的自由」の考え方に否定的でした。

バーリンの「二つの自由概念」は、ルターやミルが人間を上等と下等の二つになぜ分けたのか、という宗教的な伝統を説明していません。従ってこの論文を読んでも、なぜ「積極的な自由」が歴史的に重大な役割を果たしたのかが、よく理解できません。

以下はひと続きのシリーズです。

5月17日 「企業は社会的公器」という考え方が怪しくなってきた

5月18日 経団連はもともと、天下国家を論じる組織だった

5月19日 陸奥宗光は、自由主義に基づいて富国強兵策を実践した

5月20日 明治初期の日本人は、自由主義を原則としていた

5月21日 『自由之理』を読んで、日本人はFreedomの考え方を知った

5月22日 民主主義の時代になると、多数派から少数派を守ることが重要になる

5月23日 ミルは、子供や未開人には自由はない、と主張している

5月24日 日本の独立には、文明国になること、Freedomを認めることが不可欠だった

5月25日 他者を益する行為を人に強制することは、正しい

5月26日 ミルは、Freedomの考え方とキリスト教の関連を断とうとした

5月27日 ミルは、キリスト教も他の宗教と同じく完全ではない、と考えた

5月28日 ミルは、キリスト教徒以外にもFreedomを認めた

5月29日 日本人が学んだのは、キリスト教を消したFreedomの考え方

5月30日 Freedomはキリスト教の本質である

5月31日 ルターは、カトリックの修道士になったが、教義に疑問を感じた

6月1日 ルターは、キリスト教は他力本願だ、と主張した

6月2日 イエス・キリストを信じるだけでいい

6月3日 イエスを信じたら、もはや律法を気にする必要はない

6月4日 心正しいキリスト教徒に限って、律法を破っても良い場合がある

6月5日 ルターの「律法からの自由」とミルのFreedomは同じ考え方である

6月6日 バーリンは、積極的自由を否定した

6月7日 バーリンのように、積極的自由を否定するのがこれまでの主流だった

6月8日 明治初期の政府は、税金を投入して自由主義経済を育てた

6月9日 自由競争は、優れた者にだけ適用される

6月10日 経団連の幹部は、自由を誤解している

6月11日 Freedomの誤解と大アジア主義の幻想の根底には、大乗仏教がある

6月12日 大乗仏教は、民族の違いなどなく、勝手気ままな態度が正しい、と教える

6月13日 経団連幹部は、自由主義経済を大乗仏教の教義で解釈している

6月14日 出家しているはずの僧侶が、俗世に関わるようになった

6月15日 Freedomを自由と訳したのは、一種の神仏習合

6月16日 神様の息には、命が含まれている

6月17日 キリスト教も神道も、神は自分の魂を人間に付着させて心を正しくする

6月18日 Freedomは、日本語に訳さないほうが良いかもしれない

6月19日 アメリカは、Freedomが原因でエネルギーを浪費している

6月20日 日本人は誠の意味をきちんと理解し、誠のない国から日本を守らなければならない