国家を守るのは国民の義務
人は誰でも社会によって保護されています。だから人は、保護されたことに対して対価を支払わなければなりません。社会が攻撃され滅びようとしているときにそれを見過ごせば、自分を守ってくれるものがなくなってしまいます。
人は誰でも社会によって保護されています。だから人は、保護されたことに対して対価を支払わなければなりません。社会が攻撃され滅びようとしているときにそれを見過ごせば、自分を守ってくれるものがなくなってしまいます。
ミルが書いた『On Liverty』の冒頭に、「国家や社会は、個人に対して権力を行使できる。ただしそれには限界がある。」と書いています。Freedomは、国家や社会が個人に権力を行使することを認めているのです。
ミルは民主主義についても書いていますが、その内容は今でも参考になります。19世紀後半のイギリスでは、議会制民主主義が既に確立していました。また、社会主義の勢力が大きくなり、また男女平等の運動も大きくなっていました。要するに、現代と同じような社会になっていたからです。
私は、アトキンソンさんが書いた文章を読んだり、今回のパンデミックの際に日本が「お願い」ベースの緊急事態宣言しか出せなかったことを見たりして、「日本人は、私権を制限することはあってはならない」と思い込んでいることを、改めて強く感じました。
「政府の権限が弱く、強制できない」という日本の弱点は、「政府が介入して私権を制限することは違法だ」という発想が蔓延しているからです。
菅元総理の経済顧問だったイギリス人のアトキンソンさんは、「政府の権限が弱く、強制できないこと」が日本の弱点だ、と言っています
前回までに述べたように、RCEPやTPPのような国際的経済協定は、一種の経済的ブロックで、自国の国益を追求するための手段です。互いに理解しあ...
国際的経済協定は、もともと各国の主権を制限して戦争を防ぐのが目的です。
日本は、インドを入れて中国をけん制させることで、RCEPの主導権を取れると考えていました。ところが1年前にインドがこの構想から離脱しました。
知的財産権を守り・資本投資を自由に行うことができ・環境に配慮し・労働者の権利を保護するようなまともな国しか本来はEPAに参加できないはずなのです。