少し前の記事にも書いたように、明治初期の日本は自由主義の政策を採っていました。太政官は、「経済活動にもフレイ(自由)の原則を適用する」という趣旨の公文書を出しています。
明治初期の政府の経済政策というと、私たちは「官営事業」を思い浮かべます。これは自由主義経済政策に反するのではないか、と感じる人も多いのはないでしょうか。政府は莫大な資金を投じ、外国人の技術者を雇って官営事業を始め、この事業が軌道に乗ったら、安く民間に払い下げました。これによって、日本の産業の競争力を高めようとしたのです。
・ 投下資本 財産評価額 払下価格
長崎造船所 113万円 46万円 53万円
釜石鉄山 238 73 1
富岡製糸所 31 12
三池炭鉱 76 45 456
確かにこれらの官営事業は、税金を使った独占事業であり、私たちがいま理解している自由競争とは正反対です。また投下資本よりもかなり安く売却しているものもあります。しかし、この政策が自由主義に反するとすれば、色々と辻褄があいません。
まず、日本政府は自由主義経済政策を採用したので、それと反する政策を公然と行うことはできないはずです。政府は、不平等条約を改正し日本の独立を維持するために、文明開化運動を行って、「日本は文明国だ」と大々的に宣伝していました。官営事業が自由主義に反するのなら、文明開化運動に反します。
関税は、外国製品に高関税を課すことによって、外国製品を国内の市場から排除し、国内製品を育成するのが主な目的です。ところが当時の日本政府には、関税自主権がありませんでした。欧米列強は関税自主権を日本から奪うことによって日本の産業化を妨害し、日本を経済的植民地の状態にとどめようとしたのです。
従って、産業の競争力を高めるための政策である官営事業が自由主義に反すると思ったら、欧米列強は猛烈に反対するはずですが、その形跡がないのです。それどころか、積極的に優秀な技術者を日本に派遣してきました。
以下はひと続きのシリーズです。
5月17日 「企業は社会的公器」という考え方が怪しくなってきた
5月19日 陸奥宗光は、自由主義に基づいて富国強兵策を実践した
5月21日 『自由之理』を読んで、日本人はFreedomの考え方を知った
5月22日 民主主義の時代になると、多数派から少数派を守ることが重要になる
5月23日 ミルは、子供や未開人には自由はない、と主張している
5月24日 日本の独立には、文明国になること、Freedomを認めることが不可欠だった
5月26日 ミルは、Freedomの考え方とキリスト教の関連を断とうとした
5月27日 ミルは、キリスト教も他の宗教と同じく完全ではない、と考えた
5月28日 ミルは、キリスト教徒以外にもFreedomを認めた
5月29日 日本人が学んだのは、キリスト教を消したFreedomの考え方
5月31日 ルターは、カトリックの修道士になったが、教義に疑問を感じた
6月4日 心正しいキリスト教徒に限って、律法を破っても良い場合がある
6月5日 ルターの「律法からの自由」とミルのFreedomは同じ考え方である
6月7日 バーリンのように、積極的自由を否定するのがこれまでの主流だった
6月8日 明治初期の政府は、税金を投入して自由主義経済を育てた
6月11日 Freedomの誤解と大アジア主義の幻想の根底には、大乗仏教がある
6月12日 大乗仏教は、民族の違いなどなく、勝手気ままな態度が正しい、と教える
6月13日 経団連幹部は、自由主義経済を大乗仏教の教義で解釈している
6月14日 出家しているはずの僧侶が、俗世に関わるようになった
6月15日 Freedomを自由と訳したのは、一種の神仏習合
6月17日 キリスト教も神道も、神は自分の魂を人間に付着させて心を正しくする
6月18日 Freedomは、日本語に訳さないほうが良いかもしれない