支那では、王朝末期の内乱や毛沢東のやった大躍進運動などの政治的な動乱によって、信じられないほど多くの国民が死んでいます。このようなことになる理由のひとつは、皇帝制度にあります。そのことについては、昨日まで書いてきました。
支那人には、他人と助け合おうという発想がありません。支那で政治的な動乱によって膨大な数の人間が死ぬのは、これも原因の一つだと私は考えます。他人を自分の利益のために利用することしか考えないので、自分が困ったときは他人から奪ったり、殺したりするようになるのです。
人間はひとりで生きてゆくことはできず、集団を作って生き延びてきました。およそ500~700万年前に、一部のチンパンジーは、出来るだけ大きな集団を作って生き延びる戦略を立て、その方向に沿って脳を改良してきました。その結果、人間が生まれました。
人間の脳は、互いに助け合うようにできています。脳科学的な説明については、以前にこのブログでも書きました(人間の集団の作り方が上手だと、その国民は先進国を作る)。しかし、互いに助け合う人間の範囲は、民族の伝統によって違います。
欧米のキリスト教徒は、キリスト教の信仰によって、互いに助け合う人間の範囲を自分と同じ民族にまで拡大しています。数千万人やそれ以上の大集団が、同じルールに従い互いに助け合って社会を作っています。彼らは、同胞に対してはひどいことをしません。欧米が先進国になったのもこのためです。
この考え方がFreedomで、キリスト教の信仰から生まれています。日本人も、神道から生まれた誠の考え方により、他人どうしが互いに助け合います。明治維新が成功し、近代国家の建設に成功したのは、この考え方のおかげです。
支那人には、Freedomや誠のような他人どうしが助け合う考え方がありません。彼らが仲間だと認識するのは、同じ宗族に所属する人間だけです。宗族は、男系の先祖を同じくする血縁集団のことです。血縁関係にない者が助け合う必要がある時は、義兄弟になって擬制的な血縁を作ります。
以下はひと続きのシリーズです。
3月3日 李志綏は、嫌々ながら毛沢東の主治医を22年間つとめた
3月5日 毛沢東は、自分の主治医を選ぶのに、他人任せにしなかった
3月14日 毛沢東は、支那がまっとうな共産主義国家であることを証明するために、大躍進運動を始めた
3月16日 大躍進運動の失敗により、毛沢東の権力基盤が揺らいだ
3月17日 毛沢東は文化大革命を始めて、自分の権力を奪還しようとした
3月18日 文化大革命により、多くの人が死に、若者は教育を受けなかった
3月19日 毛沢東は、共産党の官僚たちをやっつけるために軍隊も使った
3月20日 毛沢東は劉少奇と鄧小平を失脚させ、林彪を後継者にした
3月21日 毛沢東と後継者の林彪は、互いに相手を疑って殺そうとした
3月22日 毛沢東にとっては、国民の半分が死ぬのは当たり前のことだった
3月24日 秦は諸侯を滅ぼして全土を直轄支配したが、すぐに滅びた
3月29日 朝貢は手土産を贈るという意味で、臣従を意味しない
3月30日 支那の皇帝は、周辺国からなめられたら、武力侵攻する
4月1日 支那の尖閣列島侵略に備えて、憲法問題を処理しておかなければならない