習近平は、死ぬまで支那のトップであり続け、実質的な皇帝になろうとして頑張っているようです。しかもその現実味が増しています。
ちょうどその時に、アメリカは、ファーウェイ潰しや高関税を課するなど様々な形で支那の弱体化を図るようになりました。習近平が他国の反応を考慮せず国内の人気取りのために、「アメリカを追い抜いて世界一の強国になろう」と高言したからです。
ここまでアメリカとの関係を悪化させた責任を追及されて習近平は近いうちに失脚するだろう、と予測する人が多いです。支那は習近平の首をアメリカにさし出して降参する、という見方です。
支那研究の専門家の多くは、習近平を政権の座から引きずりおろす動きは表面化していない、と分析しています。実際、2週間前に全人代が開かれ、厳しく失政を追及されたようですが、習近平を引きずり降ろす動きは無いようです。
こういう困難な時期だからこそ習近平のもとに結束しよう、という動きになっているのでしょう。この場合は、支那はしぶとくアメリカに抵抗するために、習近平だけでなく共産党の組織全体や、さらには支那全体も大きなダメージを受けるのではないでしょうか。
石平先生は、いまの支那人は皇帝を待望している、と書いています。「そうでもなければ、親の七光りでトップになっただけで何の実績もない習近平が、憲法を改正して終身国家主席になれるわけがないではないか」というわけです。支那人が習近平皇帝を望んでいるのならば、習近平は皇帝になれるでしょう。そのとき、習近平皇帝は日本に対してどのような行動に出るでしょうか。
支那の皇帝は、王朝末期の内乱の中で多くの群雄を抑えつけて皇帝の座にたどりつきました。重臣や側近と言っても元々は同列だった者たちです。少しでも油断すると、自分の地位が危うくなります。そこで支那の皇帝は、重臣や側近さらには民全体に対して、自分が如何に強大な力を持ち多くの者たちに慕われているかを見せつけなくてはなりません。それを示す絶好の手段が「朝貢」です。
支那の皇帝は、夜明け頃に宮殿の庭(朝廷)に出て、もろもろの家来から挨拶を受けます。そのときに、遠方の国からの使いも皇帝に挨拶をします。家来たちも外国からの使いも、挨拶をする時に手土産を持ってきて皇帝に贈ります。これが朝貢です。
以下はひと続きのシリーズです。
3月3日 李志綏は、嫌々ながら毛沢東の主治医を22年間つとめた
3月5日 毛沢東は、自分の主治医を選ぶのに、他人任せにしなかった
3月14日 毛沢東は、支那がまっとうな共産主義国家であることを証明するために、大躍進運動を始めた
3月16日 大躍進運動の失敗により、毛沢東の権力基盤が揺らいだ
3月17日 毛沢東は文化大革命を始めて、自分の権力を奪還しようとした
3月18日 文化大革命により、多くの人が死に、若者は教育を受けなかった
3月19日 毛沢東は、共産党の官僚たちをやっつけるために軍隊も使った
3月20日 毛沢東は劉少奇と鄧小平を失脚させ、林彪を後継者にした
3月21日 毛沢東と後継者の林彪は、互いに相手を疑って殺そうとした
3月22日 毛沢東にとっては、国民の半分が死ぬのは当たり前のことだった
3月24日 秦は諸侯を滅ぼして全土を直轄支配したが、すぐに滅びた
3月29日 朝貢は手土産を贈るという意味で、臣従を意味しない
3月30日 支那の皇帝は、周辺国からなめられたら、武力侵攻する
4月1日 支那の尖閣列島侵略に備えて、憲法問題を処理しておかなければならない
コメント
こんにちは。
中国は時代が変わっても本質は変わらないのかもしれませんね。
また訪問させていただきます。