ベトナム戦争の報道にも疑問を感じた

私が子供のころに、ベトナム戦争がありました。最初は、ベトナムを植民地のままにしようしたフランスとベトナムの社会主義勢力(北ベトナム及び南ベトナムのゲリラ)の戦いで、アメリカはフランスを支援していただけでした。ところがフランス軍がベトナムのゲリラに敗北し、ベトナムから撤退しました。

フランス撤退後の1965年から、アメリカは自国軍をベトナムに投入し、ベトナムの社会主義勢力と本格的に戦争を始めました。しかし1973年に、アメリカ軍はベトナムから撤退しました。1965年から8年間の間にアメリカは約6万人の戦死者を出しました。一方のベトナム人は、兵士と民間人を合わせて約800万人の死者を出しました。当時のベトナムの人口が4000万人ですから、とてつもない損害です。

このベトナム戦争は不思議な戦争で、領土が狭く貧しいベトナムがアメリカを相手にして負けなかったのです。多くのアメリカ人は、なぜベトナムと戦うのか納得せず、厭戦気分がみなぎり、若者は兵役を拒否し、全ての社会道徳を認めないヒッピーが多数でてきました。アメリカの社会秩序が崩壊寸前になったのです。

兵員を確保し、戦争を遂行するため、アメリカ軍は黒人などの少数民族の待遇を改善しました。黒人を将校にしたり、黒人の参政権を実質的に認めたのも、この頃からです。それまでのアメリカは白人中心だったのですが、その国柄がどんどん変わりはじめたのです。ベトナム戦争がなかったら、黒人の大統領など絶対に生まれなかったでしょう。

当時アメリカは、「ドミノ理論(将棋倒し理論)」を主張していました。東南アジアでベトナムが社会主義化すれば,隣接諸国がドミノ倒しのように連続的に社会主義化する。だからベトナムで社会主義化を食い止めなければならない」という考え方です。ところが日本のマスコミはアメリカの主張に耳を貸さず、「アメリカ帝国主義がベトナムを侵略している」というものでした。そのために世論も、それにつられて「アメリカ帝国主義のベトナム侵略絶対反対」でした。

ベトナムは国土が日本より狭くて資源が何もなく、採れるのはコメとコーヒーだけです。こんなところを、簡単に征服できるのであればまだしも、国家秩序と財政を破壊する危険まで冒して戦争をするような値打ちはありません。そのため、私は朝日新聞をはじめとするマスコミの言っていることに、「何か変だな」と子供ながらに感じていました。

そうかといって、アメリカが本気になって「自由」を守ろうとしていることも、そのまま信じることもできませんでした。学校で教えられた「自由」というのが、大して値打ちのある考え方だとも思えなかったからです。

このようなことから、マスコミが言っていたことに「何か変だな」と思っていました。また、学校で教わるような「自由」は、アメリカ人が考えていることと違うのではないか、とも感じていました。

その後、宗教を勉強し、Freedomがアメリカ人の大原則だということを理解するようになりました。その結果、アメリカ人が真剣になってベトナムを社会主義から守ろうとしていたことも、理解できるようになりました。

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