前回、外国だけでなく日本国内でも、何か事件が起きるとその背景には宗教的背景がある、という話をしました。しかし多くの日本人は、宗教的要因によって日本人が動くということがあるなどとは思ってもいません。そして自分自身も無宗教だと考えています。日本人がこのように考えるようになったのには、様々な原因があります。
日本人が自分は無宗教だと考えている理由の一つは、大乗仏教の考え方にあります。日本の大乗仏教は、宇宙も自然も人間も全てが仏様だと考えています。仏様は混然一体となっていて、ほんとうはどういう形をしているか見当がつかない、と仏典は説明しています。
ところが、修行が足りずに欲望を消すことができない者たちには、その仏様が個々の自然や人間に見えてしまうのです。我々が目にしているのは、ものの本当の姿ではありません。従って、実際に我々が見ている仏像は仏様の本当の姿ではなく、凡人に分かりやすく説明するための仮の姿なのです。
このような考え方から、江戸時代にはすでに「神や仏などない」と普通に言われていました。この言葉には仏様や神様の存在を否定する意味はありませんが、後になると無神論者が、宗教を否定するときに使うようになりました。「神も仏もあるものか」という具合にです。
西欧でキリスト教の信仰に疑問を呈することができるようになったのは19世紀後半で、日本では西洋文明を取り入れ始めた時期でした。ダーウィンが『種の起源』を出版して進化論を主張したのは、明治維新の9年前の1859年です。
進化論は聖書の記載と矛盾するところがあるので、従来であればそんな本は出版できませんでした。アメリカでは今でも、子供に進化論を教えることを禁止している州があります。
ダーウィンの進化論は、キリスト教からだけでなく科学者たちからも非難されました。西欧の学問には、聖書の記述と科学との整合性を求める伝統があるからです。それは、オックスフォード、ソルボンヌなどの西欧の大学がみな中世に創設された神学校が起源であることと、関係があります。
カトリックはいまだに、キリスト教と科学は矛盾しないという立場です。フランスのルルドの泉は、不治の病に侵された多くの患者を奇跡的に癒しています。カトリック教会は、これが奇跡だということを認定するまでに多くのノーベル賞科学者に調査を依頼しています。
神は宇宙を創造し、自然法則を定めたのだから、神はその法則に一時的に例外を設けることもするはずなのです。だからルルドの奇跡と科学は矛盾しない、と考えるのです。
19世紀後半に、西欧の自然科学の考え方が日本に伝わった時に、日本人は宗教と科学の整合性を図るという発想を受け入れませんでした。そして科学と宗教が矛盾するときは、ためらうことなく宗教を否定しました。このようなことから、宗教を無視するのが科学者のあるべき態度だ、と思うようになりました。
以下はひと続きのシリーズです。
8月1日 1970年と1989年が、戦後のターニングポイント
8月4日 1970年頃から、電車の中で座席を譲らないようになった
8月6日 席を譲らなくなったのは、自由の考え方が強まったから
8月13日 日本を占領したアメリカ軍の幹部に社会主義者が大勢いた
8月20日 占領軍の社会主義者は、日本の軍人や官僚とは別系統だった
8月22日 アメリカ占領軍は、マルクス系社会主義を持ち込んだ
9月3日 Freedomを自由と訳したから、社会主義が仏教化した
9月10日 フランスの学生は、大乗仏教に影響されて大学紛争を起こした
9月12日 日本の学生は、フランス製の仏教思想によって、大学紛争を起こした