私が働きだしたのは1970年代で、高度成長が終わり年率4~5%ずつGDPが増加しているという安定成長期でした。当時の社会は、終身雇用と年功序列という日本独特の労働慣行の最盛期でした。日本独特の労働慣行だとは言っても、戦前の日本にはなく、戦後にできた新しい労働慣行なので、日本の古くからの伝統というわけでもありません。
経営者もできれば従業員を解雇したくないので、企業の業績が良ければ普通は従業員を解雇しません。バブルが崩壊した1989年までは日本の企業はどこも好調で人手不足だったので、解雇をする必要はありませんでした。
また終身雇用は従業員の企業への忠誠心を強めることができるので、企業業績が良い間は合理的な経営戦略だともいえます。アメリカでも終身雇用を行っている優良企業があります。終身雇用は日本独特の労働慣行ではなく、バブル崩壊までの好景気の時だから当然だった、ということかもしれません。
一方の年功序列は日本独特で、外国にはない慣行です。これは従業員の個別の能力をきちんと評価しないので、いろいろと問題の多い制度です。私は大きな組織の幹部、特に労務担当の方々に年功序列のメリットを何度か聞いたことがありました。
彼らも組織内でこの件に関して何度も議論をしていました。年功序列制度を廃止することで組織が動揺することを恐れて、この制度を維持している、というのが真相のようです。
企業も同期入社の者たちを最後まで同じように扱うことが出来ないので、アメリカの大学院に留学させるとか、特別のポジションにつかせるなどのいわゆる「エリートコース」に幹部にしたい人物を載せ、周囲に納得されるという方法を採っています。
このやり方は、戦前の帝国陸海軍の将校を縛ったハンモックナンバーと同じです。帝国陸海軍の将校は士官学校や兵学校の卒業の際の成績順でずっと評価され、成績優秀だった者は陸軍大学や海軍大学に行くというエリートコースに乗ってさらに箔をつけ、最終的に将軍になっていきました。
このようなエリートコースを用意して幹部を選抜するというやり方は、確かにそれなりの優秀な者を選抜することができます。しかし、人間の能力を直接判断するのではなく、「そつなくこなしてきた者」を選抜するシステムです。
このような方法によって選抜された帝国陸海軍の将軍たちには、「強敵を何としても打ち破ろう」というガッツが欠けていて、結局は流れに流されて戦争を始めた、としか私には見えません。その結果、「勝ち目のない戦を始めた」という戦略のごく基本的な誤りを犯してしまいました。
日露戦争の時のように、自軍よりも軍事力で勝る敵を徹底的に分析して、勝てる戦いに持っていくという姿勢が見受けられません。なお日露戦争当時の日本の指導者は、ハンモックナンバーに縛られていたわけではなく、実力を認められて昇進していきました。例えば、第三軍の司令官だった奥保鞏は、小倉小笠原藩の出身で幕末には長州征伐に参加していたので、賊軍出身です。
今の日本の大企業の経営者も、直接的に能力を評価された者ばかりではなく、エリートコースに乗って昇進した者も多くいます。そして今、日本の企業の多くは経営能力の不足によって元気がありません。最近の日本企業では、年功序列制度が崩れつつあるようです。ということは、経営者たちは、年功序列は合理的な幹部選抜システムではない、と自ら認めているということです。
以下はひと続きのシリーズです。
8月1日 1970年と1989年が、戦後のターニングポイント
8月4日 1970年頃から、電車の中で座席を譲らないようになった
8月6日 席を譲らなくなったのは、自由の考え方が強まったから
8月13日 日本を占領したアメリカ軍の幹部に社会主義者が大勢いた
8月20日 占領軍の社会主義者は、日本の軍人や官僚とは別系統だった
8月22日 アメリカ占領軍は、マルクス系社会主義を持ち込んだ
9月3日 Freedomを自由と訳したから、社会主義が仏教化した
9月10日 フランスの学生は、大乗仏教に影響されて大学紛争を起こした
9月12日 日本の学生は、フランス製の仏教思想によって、大学紛争を起こした