今から2000年ぐらい前にバラモン教がヒンドゥー教に変化しましたが、その後ヒンドゥー教の教義が大乗仏教と同じようになってきました。
大乗仏教は、人間も山や川などの自然も動物も宇宙のすべては仏様だ、という教義です。他人と違う自分が存在しているように見えるのは幻で、本当は自分も相手も全く同じ仏様だと主張しています。ヒンドゥー教もまったく同じですが、宇宙は仏様ではなくブラフマンという名前の神様だ、と主張しているのが違うだけです。
大乗仏教は、「全ての人間は仏様で全く同じだ」という理屈から、平等を強調しすべての人を全く同じに扱うのが正しいと考えます。ところがヒンドゥー教は全く同じ教義から正反対の結論を引き出しています。
「本当はすべての人間は全く同じで平等だ。しかし、この世では個々の人間はそれぞれ違う。現実には違うという現象を重視しなければならない」と考えるのです。このような理屈から、人種の違い・男女の違い・能力の違いを認めています。ヒンドゥー教は、カースト制度という強烈な差別制度の理論的根拠になっているのです。
宗教を理解するには、教義だけを知ってもダメで、その教義が現実社会でどのように作用するかをも見極めなければなりません。
何年か前に、インドで下層階級の女性が強姦された後に焼き殺されたり、外国人女性が強姦されるという事件が立て続けに起きました。外国人はカースト制度では最下層の人間とみなされます。最下層の人間には何をしても良いという発想には、ヒンドゥー教の教義の裏付けがあるのです。
鳩山由紀夫は日本の首相としてインドを訪問し、ヒンドゥー教の教えに感動して帰ってきました。鳩山由紀夫と同じように考える日本人はほかにもいると思います。ところが宗教を教義だけで判断してはなりません。
今、支那が世界中から排除されて、そのかわりとしてインドが注目されています。将来は多くの日本人家族がインドに駐在することになるでしょう。インド人は、日本人にどのような宗教を信じているか、と聞くでしょう。その時に仏教だと返事をすると、「我々の宗教と同じだ」というはずです。
そこで多くに日本人は、「インド人は我々の仲間だ」と思うかもしれません。しかしインドでは、仏教徒というのは一つのカーストを形成しています。しかもそれはかなり下層のカーストです。
日本人がインドに赴任するときは、非常に厳しい階級社会に入り込むということを覚悟しなければなりません。しかもかなり低いカーストだと判断される、ということを忘れてはなりません。日本人はまだインドのことを良く知らないのです。
以下はひと続きのシリーズです。
9月24日 自分が正しいと思っているから、アメリカは戦争ばかりする
9月26日 南部は、北部の文化の押し売りを嫌がって、南北戦争を起こした
9月29日 アメリカ人の、「自分は正しい」という発想は根強い
10月13日 トランプは、共和党の中のネオコンと戦って大統領になった
10月15日 トランプは、「メリー・クリスマス」にこだわった
10月17日 トランプの「アメリカ・ファースト」はFreedom
10月22日 ユダヤ人のほとんどは、アメリカとイスラエルに住んでいる
10月24日 第二次大戦後にアメリカはイスラエルを特別扱いし始めた
10月27日 「聖書の予言は必ず実現する」とアメリカの福音派は思った
10月29日 8000万人のアメリカ人が最後の審判を信じている