907年に唐が滅びると、後ろ盾を失った新羅も滅びました。その後の内乱時代を経て、936年に高麗が朝鮮半島の大部分を平定しました。高麗が出来た時の支那は分裂していて半島に強い圧力がなかったため、高麗は南朝鮮全部と北朝鮮の半分ぐらいを領有することができました。領土的には今の朝鮮にかなり近づきました。
高麗の創始者の王建は満州人で、満州人の部下を率いて高麗王朝を作りました。高麗が征服王朝だったことは、朝鮮民族の形成にとってマイナスでした。また13世紀にモンゴル人が宋を倒して元を建てました。この強大な元が高麗に攻め込んだため、高麗は39度線以北の領土を取られ、領土的には新羅の時代に後戻りしました。国王はモンゴルに人質として連れ去られました。高麗も民族国家とは言えない状態だったのです。
1368に明王朝が出来て、元と明との対立状態が続きました。この時に高麗は情勢を見誤り、李成桂に国を奪われてしまいました。こうして出来たのが李氏朝鮮です。半島全土を領有していたので、領土的には史上初めての民族国家です。
李成桂も満州人で、元の将軍でした。元から高麗に派遣され、そのまま高麗の将軍になったのです。そして高麗王を追放して李氏朝鮮を作りました。李氏朝鮮の官僚たちは、王朝の始祖が満州人という「野蛮人」だったことが悔しいらしく、先祖は新羅の名門の出身だったが後に朝鮮北方の江原道に移住したと書いています。江原道は、高麗末期は元の領土でした。
高麗・李氏朝鮮の創始者は、どちらも満州人でした。古代南朝鮮にあった百済の王家も満州人でした。満州人は狩猟民なので戦争に強いです。だから彼らは南下して南朝鮮の農耕民を支配したのです。
1950年に北朝鮮軍が突然南に侵入して、朝鮮戦争が始まりました。南朝鮮の軍隊は話にならないほど弱く、ほとんど全土が北朝鮮軍に占領されました。この時にアメリカ軍が戦争に参加してきて北朝鮮軍を押し返し、さらに中共軍が参加して戦線が複雑になり、最終的に38度線ラインで休戦して今に至っています。歴史的な経緯から見て、北朝鮮が南に攻め込むというのは、自然な流れです。
歴史的に見ると、朝鮮半島が統一されていた時期よりも、南北に分かれていた時期の方が永いです。また、北朝鮮の満州人が南に攻め込んで王になり、それについてきた家来の満州人が王朝の支配層たる両班を形成しました。李氏朝鮮の両班は一般庶民に対して非常に高圧的でしたが、これには征服と被征服の関係が反映されています。このように見ていくと、南北が一体となった朝鮮民族が形成されているのか、はなはだ疑問に感じます。
南朝鮮の文在寅大統領が、南北統一を熱心に図っています。具体的には、南朝鮮が軍事力で北朝鮮を圧倒して統一をするというのではなく、北朝鮮が主導的に統一するように南朝鮮がお膳立てをする、ということを考えているようです。もっとはっきり言えば、北朝鮮の将軍様によって南朝鮮を征服してもらおう、ということです。これは朝鮮の伝統的な発想です。文在寅大統領はもともと北朝鮮生まれですから、北朝鮮が主導的に朝鮮を統一する、ということに抵抗がないのでしょう。
われわれ日本人は、「南北の朝鮮が対等な関係で平和裏に民族統一する」などという話を真に受けてはなりません。
以下はひと続きのシリーズです。
9月24日 自分が正しいと思っているから、アメリカは戦争ばかりする
9月26日 南部は、北部の文化の押し売りを嫌がって、南北戦争を起こした
9月29日 アメリカ人の、「自分は正しい」という発想は根強い
10月13日 トランプは、共和党の中のネオコンと戦って大統領になった
10月15日 トランプは、「メリー・クリスマス」にこだわった
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