高橋是清が実施した「お金じゃぶじゃぶ政策(市中に出回るお金をどんどん増やして人々の心を変え、経済を活性化させる金融緩和)」によって日本経済は恐慌から抜け出すことができましたが、全ての産業が同じテンポで良くなっていったわけではありません。
製造業や軍需産業はいちはやく好転していきましたが、農業分野はなかなか不況から脱出できませんでした。このような経済の産業別時間差現象に対して若い軍人たちは、「政治家と財閥が癒着し、財閥に都合の良い政治を行ったからだ」と、まったく別の解釈をしました。
帝国陸軍は、農村の若者を徴兵して兵士にすることで成り立っていましたが、その農村が疲弊し娘を売るような状態に追い詰められていました。この原因が政治家と財閥の腐敗にあると、若手将校たちは考えたのです。
そこで若手将校が「昭和維新」「尊皇討奸」を叫んで2・26事件を起こして、「腐敗政治家」や「財閥の元凶」を殺害しました(1936年)。大蔵大臣だった高橋是清も腐敗政治家の代表として殺されました。
同じように経済現象に関する解釈の相違は今もあります。アベノミクスが始まると、失業率は下がっていきましたが、平均賃金も低下しました。野党やアベノミクス批判派は、「アベノミクスによって平均賃金が下がった。この政策は失敗だ」と騒ぎました。
これに対して安倍総理は、「例えば、夫婦がいてご主人が勤めていて給与が40万だとする。奥さんは今まで働き口がなかったが、世間の景気が良くなってパートの職を得、10万円の給与を得たとする。夫婦の収入は50万円に増えたが、平均給与は40万円から25万円に減った。平均賃金が下がったのは、景気が上向いている証拠だ」と説明しました。
経済は集団心理によって動き、同じ経済現象も人によって解釈が異なります。このように自然現象とは異なる人間世界の出来事を、経済学は数値を使って理路整然と説明しなければなりません。
経済学とは難しい学問だ、とつくづく私は思います。
以下はひと続きのシリーズです。
10月4日 穏やかなインフレになれば、経済は自然に良くなっていく
10月6日 プラザ合意で、為替を本当の変動相場制にすることにした
10月7日 日本には、お金じゃぶじゃぶ政策しか残されていなかった
10月8日 お金じゃぶじゃぶ政策は、欧米では当たり前の政策だった
10月9日 19世紀末から20世紀前半は、金本位制が優れた制度だと考えられていた
10月11日 高橋是清は、経済は集団心理で動く、と理解していた
10月12日 経済は集団心理で動くのに、経済学はそれを数字で説明しようとする
10月13日 経済活動は、その民族の伝統的な考え方に大きく影響されている
10月14日 『男子の本懐』はデフレを深刻にした金本位制復活がテーマ
10月15日 2014年の消費税値上げにより、アベノミクスがとん挫した
10月17日 白川日銀総裁は、頑なに「お金じゃぶじゃぶ政策」を拒否した
10月18日 日銀がお金じゃぶじゃぶ政策を採用しなかったのは、国民が「日本はもう経済成長しなくても良い」と考えたから
10月19日 20年以上日本経済が停滞したのは、大乗仏教が原因