1985年9月のプラザ合意によって、先進5カ国(日本、アメリカ、西ドイツ、イギリス、フランス)は、為替操作をせず、通貨を本当の変動相場制にすることにしました。その結果、人為的に安い水準になっていた円は、1ドル240円から本来の実力の水準である120円まで円高が進みました。
減税や公共事業・補助金のばらまきなどによって国民の可処分所得を増やし、消費や設備投資を増やそうとする財政政策は、為替が変動相場制になると効果が少なくなります。国内で財政政策を行って景気が良くなると為替レートが割高になり、折角の景気刺激策の効果が減殺されてしまうのです。
1985年9月以後、円は本当の変動相場制に移行したために、財政政策によって景気を回復させるのが難しくなってきました。1998年からの大規模な公共投資の効果がもう一つだったのは、このような理由です。
財政政策がだめなら、金融政策に頼るしかありません。金融政策の内、政策金利(公定歩合)を引き下げる方法は、すでに金利がゼロ近くになっていたために、できなくなっていました。
もはや景気浮揚策としては、「お金じゃぶじゃぶ政策(市中に出回るお金をどんどん増やして人々の心を変え、経済を活性化させる金融緩和)」しか残っていませんでした。ところが私のような素人は、景気刺激策と言えば財政政策と金利を下げる方法しか知りません。この方法があることを一般の人が知らなかったのも、アベノミクス導入が遅れた理由のひとつです。
実は、「お金じゃぶじゃぶ政策」は、欧米では当たり前の政策でした。1933年にアメリカのルーズベルト大統領が行ったニューディール政策には、財政政策だけでなく「お金じゃぶじゃぶ政策」も含まれていました。
かつては、ニューディール政策は大して効果を発揮せず、第二次世界大戦の軍需によってやっとアメリカの景気は回復したとされていました。しかし最近は、この時の「お金じゃぶじゃぶ政策」によってアメリカの経済がある程度立ち直ったのではないか、と考えられています。
以下はひと続きのシリーズです。
10月4日 穏やかなインフレになれば、経済は自然に良くなっていく
10月6日 プラザ合意で、為替を本当の変動相場制にすることにした
10月7日 日本には、お金じゃぶじゃぶ政策しか残されていなかった
10月8日 お金じゃぶじゃぶ政策は、欧米では当たり前の政策だった
10月9日 19世紀末から20世紀前半は、金本位制が優れた制度だと考えられていた
10月11日 高橋是清は、経済は集団心理で動く、と理解していた
10月12日 経済は集団心理で動くのに、経済学はそれを数字で説明しようとする
10月13日 経済活動は、その民族の伝統的な考え方に大きく影響されている
10月14日 『男子の本懐』はデフレを深刻にした金本位制復活がテーマ
10月15日 2014年の消費税値上げにより、アベノミクスがとん挫した
10月17日 白川日銀総裁は、頑なに「お金じゃぶじゃぶ政策」を拒否した
10月18日 日銀がお金じゃぶじゃぶ政策を採用しなかったのは、国民が「日本はもう経済成長しなくても良い」と考えたから
10月19日 20年以上日本経済が停滞したのは、大乗仏教が原因