明治3年(1871年)に、中村正直が『西国立志編』を出版しました。これは、サミュエル・スマイルズが書いた『Self-help』を翻訳したもので、欧米の300人の成功者の経験談を記したものです。『西国立志編』は100万部のベストセラーになり、序文に書かれていた「天は自ら助くる者を助く」という言葉は日本のことわざにまでなりました。
中村正直は、明治5年(1873年)に、『自由之理』も出版しました。この本は、英国の哲学者・経済学者であるジュン・スチュアート・ミルが1859年に出版した『On Liberty』を翻訳したものです。
『On Liberty』は、かなり気合を入れて読まないと理解できない哲学書なのですが、自由主義の古典としての地位が確立していて、今でも『自由論』というタイトルで出版されていています。この哲学書を、明治初期に相当多数の日本人が読んでいたのです。
『自由之理』の出版部数は分かりませんが、当時の知識人はみなこの言葉を知っていました。それは当時の公文書に「自由之理」という言葉が使われていることからも、分かります。例えば、明治7年に太政官政府が出した文書が、そうです。
当時の太政官政府の左院(法律を制定していた役所)は、一般人の建白書を受け付けていました。その役所が、私有財産の否定と統制経済を主張する建白書に対して、下記のような回答書を出しています。
「各人その業を勤め、その物を製しその物を売買交易し、各人その業を分かちて世をわたり、絶えて他人に強いるべからず。政府もまた各人の自由に任せ、自主の権を保有せしめ、常にこれを保護し、妨げるものはこれを懲らし・・・業者は税を納めて政府の費用に充てる。国語にてこれを云えば随神(かんながら)なり。洋語にてこれを云えば即ち自由(フレイ)の理なり」
この回答は、まさに経済的自由主義の内容を要約したものです。明治政府は、経済的自由主義に基づいて国家を運営していくと宣言しています。そしてこの考え方をフレイと言っていますが、これはオランダ語で英語のFreeに相当します。
さらに、「自由は日本の随神の考え方と同じ考え方だ」と言っています。Freeは日本の伝統なのです。
以下はひと続きのシリーズです。
9月8日 渋沢栄一は、損得勘定だけで世の中を考えてはならない、と考えていた
9月9日 西郷隆盛は、もっと戦をしなくてはならない、と言っていた
9月10日 欧米を見聞した維新当時の指導者は、征韓論に反対した
9月13日 今の日本人は、経済的自由主義を正確に理解していない
9月15日 欧米のFreedomには、保護し教育するために強制する、という考えが含まれている
9月16日 明治時代の官営事業は、経済的自由主義に基づいている
9月17日 自由主義は、弱者と強者を同じ土俵で競争させるという考え方ではない
9月18日 ちゃんとした大人は好きなことをやって良い、というのが自由主義
9月20日 Freedomは昔から日本にあり、誠と呼ばれていた
9月21日 経営者団体の目的は、経済活動に関して政府に提言すること