20世紀に入った頃の欧米では、少数の大企業が業界を支配する独占・寡占が目立ってきました。特にドイツでは、政府が積極的に市場の独占化を推進することができました。
ヘーゲル哲学の影響を強く受けたプロイセンがドイツの統一を主導したために、ドイツ政府はヘーゲル哲学の主張である「国家は正しい判断をするから、国民はそれに従え」という考えが強く、政府が市場に介入することに対する抵抗があまりなかったからです。
当時のドイツは、先進国だったイギリスに「追いつき追い越せ」と頑張っていました。そして、少数の優秀な企業が市場を独占・寡占したら競争力が強くなる、と考えていました。だからドイツ政府は、経済に介入して、産業の少数企業へ集中を促進していたのです。
このように社会主義の考え方がもともと強かったので、ヒトラーが政権を取った時に、政府が市場経済に介入して大規模な公共投資を行うことができたのです。
一方のイギリスは、18世紀以来の自由主義経済の伝統が強かったため、20世紀に入っても政府は市場にあまり介入せず、産業の独占・寡占化はあまり進んでいませんでした。ところが、20世紀に入ってから、あらゆる産業でイギリスはドイツに抜かされてしまいました。
ドイツ経済がイギリス経済を凌駕したのは、ドイツの科学技術が世界最高水準になり、次々と新しい産業を起こしたことが大きな理由です。当時の学者は争ってドイツ語を学び、ドイツの大学に留学しました。日本人もイギリス人もその例外ではありませんでした。
ドイツ経済が好調なのは、科学技術が発展したためであって、社会主義的な経済構造が良かったためではありません。しかし、ドイツ経済が好調なのを見て自由主義経済に疑問を持ち、ドイツのように政府が市場に介入する経済体制の方が良いのではないか、と考えるイギリス人も増えてきました。イギリス人は、ドイツより遅れて社会主義の考えに染まりだしたのです。
イギリス人の考え方の社会主義化はその後も進み、第二次世界大戦後に労働党政権は「ゆりかごから墓場まで」の社会主義的福祉政策を推進し、結果的に「イギリス病」が起きて経済的に沈滞してしまいました。
以下はひと続きのシリーズです。
11月30日 大恐慌後、国際貿易は高関税政策によって半減した
12月1日 ヒトラーは、公共投資を大規模に行って経済を立て直した
12月3日 社会主義というのは、何が正しいかを国家が決める、という考え方
12月14日 プロイセンは、国民を一人前の市民として扱わなければならなくなった
12月19日 マルクスは、ヘーゲル哲学を進化させて社会主義思想を生み出した
12月21日 労働組合所属の熟練労働者の賃金が、中産階級より高くなった
12月24日 大企業と組合は、社会主義の考え方を利用して市場の独占を図った
12月26日 ドイツはもともと社会主義思想が強かったから、ヒトラーは公共投資をできた