いったん成立した時効を遡及して否定するのは、法律上はしてはならないということになっていますが世界的に見ると、いったん過去に遡って法的な効果を認める遡及法がしばしば成立しています。要するに、正義の実現とのバランスの問題なのです。
敗戦直後の朝鮮人の不法行為に対しても、時効を撤廃し遡及して処罰すべきと、私は考えます。「遡及法を制定しても良いではないか」という私の主張を極端だと考える方も多いと思います。私は「遡及法の禁止」という原則を否定しているのではなく、その例外はあるのだ、と言っているのです。
少し視点を変えると、遡及法を成立させた多くの実例に気がつきます。日本とアメリカが戦争したとき、アメリカ国籍を取得した日系人を強制的に収容所に放り込みました。これはいったん与えたアメリカ国籍を実質的に取り上げるという法律であり、遡及法です。
関ヶ原の合戦で長州藩は敗け、領土を四分の一に減らされました。この長州の敗戦によってできた法律関係は250年間続き、社会は安定していました。しかし結局は、毛利はこの法律関係に納得せず、復讐を図って幕末に幕府を攻撃しました。
ドイツとフランスの国境地帯に、アルザス・ロレーヌ(ドイツ語では、エルザス・ロートリンゲン)という地方があります。住民がドイツ系とフランス系が混じっており、シュバイツアー博士の出身地です。
ドイツとフランスは古くからこの地方を奪い合っていました。戦争に勝った方が条約によってこの地を領有したのですが、次は復讐戦に負けて取り上げられる、という歴史を繰り返していたのです。
「遡及法の禁止」という原則は、個人の行為に関しては必要だと思います。しかし民族や国家間の関係には、時効という考え方は通用しません。朝鮮人は個人として土地を不法占拠したのではなく、朝鮮人が一つの民族として集団で日本人の土地を奪い、アメリカが占領政策の一環として側面から援助したものです。日本に滞在していた朝鮮民族とアメリカが結託してやったことで、個人がやったことではありません。
以下はひと続きのシリーズです。
11月9日 敗戦後に、手のひらを返したように、朝鮮人は反日になった
11月12日 アメリカ軍は、朝鮮人が自立できないことを知っていた
11月13日 南朝鮮は、日本に逃げてきた済州島民の引き取りを拒否した
11月14日 毛沢東は、自分に反抗的な軍人を始末するために、朝鮮戦争に参戦した
11月15日 朝鮮戦争当時の指導者は、個人的な利益のために戦争をした
11月16日 アメリカの支配者は、朝鮮戦争に勝つことを望んでいなかった
11月19日 なぜ朝鮮人は反日なのか、専門家の意見を紹介する
11月21日 実務を行っていた「親日派」を弾圧するわけにはいかなかった
11月22日 軍人政権時代は、南朝鮮の独立は自らが勝ち取ったものではない、と分かっていた
11月23日 為政者を選挙で選んだからといって、先進国になれるわけではない
11月24日 朝鮮は、民主国家になる二つの条件の両方を欠いている
11月25日 朝鮮人は、朝鮮は世界の中心だ、と考えるようになった