日本人が日本国憲法を作ったというのは、ウソ

大日本帝国憲法は、大日本帝国という独立国家の国民が主体的に作った憲法です。その独立国家がポツダム宣言を受け入れて占領され、独立を失ってしまったのですから、大日本帝国憲法も国家と運命を共にして消滅しました。現在の日本の憲法学者のほとんど全員も、敗戦で日本が独立を失った瞬間に大日本帝国憲法は消滅した、と考えています。

日本政府は新しい憲法の草案を起草しましたが、どれも占領軍司令官のマッカーサーは気に入らずとうとう「アメリカ占領軍が草案を作る」と宣言しました。そして占領軍司令部のアメリカ人20人余りが9日間で草案を作りました。

その草案作成にあたった占領軍司令部の民生局長であるホーットニー准将が、草案を外務大臣吉田茂と国務大臣松本烝治に手渡し、これを日本風に脚色するように命じました。その後日本側は草案に若干のお化粧をし、それが衆議院・貴族院を通過して日本国憲法になりました。

衆議院が憲法草案を審議したということになっていますが、当時の衆議院の実態は有名無実でした。占領軍が気に入らない政治家をすべて公職追放し、その後に戦後初の総選挙が行われ、鳩山一郎が総裁をしていた日本自由党が第一党になりました。ところがその直後に鳩山一郎が公職追放になってしまいました。

その後、マッカーサーのお覚えがめでたかった吉田茂が首相になり、その時の衆議院で憲法草案が審議されたのです。要するに当時の衆議院議員は国民の代表ではなかったということです。そこでの審議にどんな意味があったのでしょう。

そもそも日本は占領されていて、占領軍に逆らった衆議院議員はすぐに公職追放されました。彼らは実質的な審議をすることができなかったのです。

日本政府の憲法草案作成から国会審議までのプロセスは全て日本人が作ったように見せかけたカモフラージュで、日本国憲法はアメリカ占領軍が作ったものです。