日本の家は、開放的で互いにつながっている

日本人は、大名の家とか企業・役所などせいぜいのところ数千人で構成されている比較的小さな家に所属し、その組織に忠誠を誓っています。ということは、日本は小さな無数の家に分かれてしまっているということです。

この構造は、支那やインドと同じです。支那人は数百人から数千人規模の宗族という血縁集団に所属しています。そして同じ宗族に所属する者の間では助け合いますが、それ以外の者たちに対してはただ騙して利用しようとするだけです。支那人に愛国心がなく、社会が不安定で互いに騙し合っているのは、こういう理由です。

インド人には、カースト制度という身分制度があります。実際には書くカーストがさらに閉鎖的な血縁職業集団であるジャーティに分かれていて、違うジャーティに属する者は助け合いません。インドがなかなか豊かになれないのはこれが理由です。

日本の家は、支那の宗族やインドのジャーティと同様に小さな集団なのに、たとえ所属する家が違っても日本人としての同胞意識を持っていて互いに助け合うし、愛国心もあります。

これは、一つには日本の家が開放的で外延性があるからです。日本の家は血縁関係を基本的に問わず、共に働けば家の仲間と認められます。そこから互いに仕事で関係が出来れば、同じ家の仲間と認定されるのです。

例えばトヨタ自動車は一つの家です。ところがトヨタは、別の会社から部品を調達して、それを通じてお互いに助け合っています。部品会社はトヨタが要求する部品の納期や品質を守ろうと努力します。トヨタは部品会社の経営が成り立つように部品の発注量を調整し、経営が危なくなったら支援もします。

トヨタと部品会社も広い意味で同じ家に属しているのです。部品会社を「子会社」とか「系列会社」と称しているのは、家意識をうまく表現しています。

日本の家は、他の家と互いに密接に関連していて、広義の家を形成しているのです。日本全体が一つにまとまって助け合うのは、家が開放的だからです。

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