ドイツ人は、ドイツ皇帝陛下をただの人間だと思っていました。もちろん、偉い方ではありましたが、医者が患者を治す使命を帯び、運転手が蒸気機関車を運転する使命を帯びているように、ドイツを統治する使命を持った人間というだけのことでした。
ドイツには皇帝を主権者だと認めたくない憲法学者がいて、ドイツの主権者は国家であってドイツ皇帝は国家の機関(組織)の一部にしかすぎないと主張しました。これが「皇帝機関説」です。
美濃部達吉は、この説を日本に輸入し、ドイツ皇帝陛下と日本の天皇陛下を入れ替え「天皇機関説」を唱えました。ところがこの説は、憲法学者と一般の国民から総スカンを食いました。
憲法学者は、「日本の天皇陛下は、ドイツ皇帝のようなただの人ではない。美濃部達吉は、日本の伝統を理解しておらず、ただの西欧かぶれである」と非難しました。日本の天皇陛下は、そのお体の中に天皇霊(天照大神や歴代の天皇陛下の魂が合わさったもの)を宿している、と伝統的に考えられています。
この天皇霊が一種の通信機の役割を果たしていて、天照大神のメッセージを天皇陛下が受信しその内容を国民に伝えます。また国民の願いを天皇陛下は天皇霊を介して天照大神に伝えます。天皇陛下は神と人との仲介者であって、その役割はキリスト教のイエス・キリストやローマ教皇と同じなのです。
このような天皇陛下についての日本人の伝統的な考えを美濃部達吉博士は理解しておらず、天皇陛下もドイツ皇帝陛下と同じようにただの人間だと勘違いしました。そのために、日本の憲法学者から「西洋かぶれ」と非難されたわけです。
一般の日本人は、ややこしい憲法理論など分かりませんでしたが、「美濃部は神聖な天皇陛下を蒸気機関車のような物のように考え、はなはだ不敬である」と非難しました。一般の日本人も天皇陛下がただの人間ではないと感じており、「天皇機関説」はその気持ちを逆なでしたのです。
このように美濃部博士は、日本の天皇陛下の役割を理解せずに西欧の常識から日本の伝統を考えたために、学者や一般人から非難され、貴族院議員や東京帝国大学の教授を解任され、暴漢に襲われて重傷を負いました。