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近衛文麿は社会主義者でもあった

近衛文麿は社会主義者でもあった

近衛文麿は京都帝大教授の河上肇からマルクス経済学を学びました。川上肇はバリバリの共産主義者で、のちには日本共産党員になりました。近衛文麿は自分が名家の出身で金持ちであることを後ろめたく考えていて、マルクス系の社会主義に惹かれていたようです。

日本は国家社会主義国になった

日本は国家社会主義国になった

大国と戦争をするには日本は持てる国力を総動員しなければなりません。経済活動も戦争を遂行するために国家が指導する必要があります。昭和の軍人が目指したのは、国家社会主義経済体制でした。

陸軍の中堅幹部が、社会主義経済を確立しようとした

陸軍の中堅幹部が、社会主義経済を確立しようとした

軍人たちは、ソ連と戦争をする時には、戦争を遂行するために必要な物資の生産や使い方を国家が決め、国民の労働をも振り分けなければならない、と考えました。これは自由主義経済を否定し、「何が正しいかは国家が決める。国民はそれに従え」という社会主義の考え方そのものです。