日本は、朝鮮を支那の属国から解放しただけでなく、投資し、教育し、職を与え、支那人の襲撃から守ってやった

13世紀にモンゴル人が朝鮮に侵入して、朝鮮人を60万人満州に連れて行って農奴にしました。しかしその後はむしろ、こっそりと入ってくる朝鮮人を追い払うようになりました。

ところが、1910年の日韓併合後、朝鮮人は日本人となりました。その当時、南満州は日本の勢力圏だったので、朝鮮人たちは日本人として満州に入り小作農として働きました。支那人の農民と日本国籍になった朝鮮人の農民が職と土地を争ったのです。

そこで支那人の農民が朝鮮人の農民を襲撃するようになりました。このニュースが朝鮮に伝わり、朝鮮各地で排漢運動が起こりました(万宝山事件)。そこで日本は日本国籍を持つ朝鮮人を保護するために武装警官隊を送りました。

このように日本は、朝鮮を支那の属国から解放しただけでなく、投資し、教育し、職を与え、支那人の襲撃から守ってやりました。要するに、日本は朝鮮人をかつてなかったほど幸せにしてやったのです。

日本が朝鮮人を日本式の苗字に改名することを強制した、というのはウソです。支那人を相手に商売するときなどは、日本名を名乗った方が良いので、自分で勝手に日本名を名乗ったのです。

朝鮮人に日本語を勉強させたのが植民地主義でけしからん、という主張があります。そういう人には、明治になって日本人がイギリスに強制させたわけではないのに必死になって英語を勉強した事実や、今では小学生に英語を勉強させようという余計なことまでしていることを、思い出させるだけで十分です。

私はアフリカの新興国のエリートから、「お前は英語がうまくないし、他の外国語はできない。本当に日本の大学を卒業したのか」と質問されたことがあります。彼の国では、大学だけでなく高校でも授業はフランス語で行われているのです。現地語は単語や表現力が貧弱なので、高校大学の授業をできないからです。

日本は明治になってから近代的な学問用語を日本語に翻訳して、日本語で大学の授業ができるまでになりました。朝鮮人が新しいことを学ぼうとしたら、日本語か英語かドイツ語を学ぶしかなかったのです。

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