西欧諸国には、外国人労働者を定住させる気はなかった
外国から来た労働者たちは、何とかして西欧に残ろうとして、あの手この手を使い始めました。その時に彼らに味方したのがグローバル主義です。
外国から来た労働者たちは、何とかして西欧に残ろうとして、あの手この手を使い始めました。その時に彼らに味方したのがグローバル主義です。
1960年代以降、第二次世界大戦の戦禍から復興した西欧人は、生活のために移民になる必要がなくなり、逆に経済成長によって人手不足に悩むようになりました。そこで後進国から労働者を受け入れるようになりました。
日本の少子化の最大の原因は、年収の少ない日本人が多いことです。
東日本大震災の時、日本に来ていた支那人や朝鮮人の労働者は、あっという間にいなくなってしまいました。支那政府は航空機やフェリーをチャーターして、自国の出稼ぎ労働者が支那に帰ることができるようにしたほどです
設備投資や研究開発・従業員の正社員化は、長期的に巨額の資金が必要であり、経営的にはかなりのリスクです。このリスクを負うのが嫌なので、今の経営者は安価な外国人労働者の雇用に走り、その結果として日本はデフレから脱却できないでいます。
国連やOECDの移民の定義は、「国内に1年以上滞在する外国人」となっています。この定義を適用すると、外国人留学生や外国人技能実習生は移民になります。
日本では出家したはずの僧侶も社会生活を続けています。そのために日本人は、社会生活を送りながら、社会から離脱した視点でものを考えることが可能だと考えるようになりました。そこでもともとは社会性のない「自由」や「平等」という言葉を、社会の中で使うようになりました。
大乗仏教によって偏った主張や変な現象が起きているために、日本の国益が害されています。しかし「だから大乗仏教は悪い宗教だ」と短絡して考えるべきではありません。仏教の使い方が間違っている、と考えるべきなのです。
福沢諭吉は、明治初期に『脱亜論』を主張しました。この論文の中で諭吉は支那と朝鮮を「悪友」と呼んでおり、日本がこれらの国と付き合いを続ければ、西欧列強は日本も彼らの同類だと誤解するだろうと考えました。「だから彼らとの付き合いを止めよう」というのが彼の結論です。
神道と天皇陛下が日本社会に果たしている役割や、誠の考え方を欧米人に分からせることによって、日本は欧米から尊敬されるようになります。そして、彼らが日本を人種や宗教の違いで差別しようとするのを、事前に防いでくれます。