アメリカでキリスト教の信仰が衰えた

アメリカの植民地は移住者にとっては「神の国」ですから、全てがキリスト教中心で動いていました。どこか怪しいと思われた女性は、「魔女」として火あぶりの刑にされました。信仰心の薄い人はいたるところで差別され、下手をすると植民地から追放されました。

当時、信仰心があり人の世話を良くする人たちは、フリーマンと呼ばれていて、彼らだけが植民地議会のの議員や行政官になることができました。「フリーマン」と聞くと、日本人は「自由民」「気ままに暮らしている人」を連想すると思いますが、そういう意味はありません。「イエス・キリストと同じ心を持っているために、強制されなくても自発的に他人を助ける人」という意味です。

初期の移民は信仰心が篤く、本気になってアメリカに神の国を作ろうとしました。しかし17世紀も終わりごろになると、宗教にはあまり関心を持たず、経済的な目的でアメリカに移住する人が増えてきました。各植民地も、人手不足が深刻だったので、土地目当ての移民をも歓迎するようになってきました。

当時の移民は自作農になって経済的に自立することを夢見て、荒野に家を建てて土地を開墾していました。彼らの生活を想像してみてください。一面の荒野の中に一軒だけ小屋が建っていて、隣家は少なくとも1キロは離れていました。「まさに大草原の小さな家」です。だからインディアンや野獣の襲撃を心配しながら、常に心細い生活をしていました。

生活上の不安と仲間がいない寂しさから、親父たちは大酒を飲むようになりました。開拓地は人口が希薄なので、教会堂を建設してそこに近所の信者が日曜ごとに礼拝に通う、ということができないので、牧師が信者の信仰生活を細かく指導するということもできません。

当時の西欧は、キリスト教の信仰に疑いを持った啓蒙思想が広がったために、キリスト教の信仰心が次第に薄くなってきました。その啓蒙思想もアメリカに伝わってきました。このようにさまざまな理由から、アメリカでもキリスト教の勢力が衰えてきました。

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