
マスコミが権力を監視することは非合法であり、不要である
権力を監視するための合法的な制度はすでにたくさんあり、それを有効活用すればいいのです。「マスコミが権力を監視する」制度など憲法に規定されていません。
権力を監視するための合法的な制度はすでにたくさんあり、それを有効活用すればいいのです。「マスコミが権力を監視する」制度など憲法に規定されていません。
大乗仏教では、現実社会は自分の欲望を抑えられない未熟な人間が集まってできているので、互いにものを巡って争っていると考えます。戦争や喧嘩などの争いは、ものに対する執着によって起きるので、どんな争いも悪いことなのです。
欧米の国家に対する考え方は、「国家は安全保障と治安をしっかりするために必要な組織だから強力でなければならない。その一方、権力者はすぐに悪いことをするから、憲法で監視しなければならない」ということです。
「国家の仕組みの基本が絶対主義の時代にできたので、今の国家もほっておいたら悪いことをする体質を受け継いでいる」と欧米人は今も考えているようです
憲法で国民に言論の自由が保障されていますが、親が反抗する子供に対して、「うるさい、黙れ」と怒鳴っても憲法違反にはなりません。
「権力を監視する」という言葉は、もともと「憲法の役割は国家を監視することだ」という意味で、そこから「権力が憲法違反をすることをマスコミが監視する」ということになりました。それが次第に「憲法」が抜けて、「マスコミが権力を監視する」というようになっていきました。
仏教は、「欲望のままにものを得ようとして凡人が互いに争うから不幸になる。だからどのような理由であれ争うことは悪いことだ」と考えます。国家は修行の足りない凡人が集まって作っているものなので、すぐに争うのです。
仏教はもともとは、失ったら精神的な苦痛を感じる大切なものを自ら進んで捨てて出家し、以後はものに対する執着がなくなるように心の修業を行う宗教で...
敗戦後は、神道の勢力が弱くなって入れ替わりに仏教の力が強くなって、この政策が受け入れやすくなっていました。敗戦によって神道の勢力が弱まり仏教の勢力が増えたことは、統計を見れば確認できます。
自由と平等は憲法で規定された法的権利ですから、現実社会の問題を考える上で最も重視される考え方です。それが仏教の考え方から来ている、と日本人は誤解してしまいました。