高橋是清の自伝は文庫本(中公文庫)の上下二巻あってかなりのボリュームがありますが、面白くて一気に読んでしまいました。読み終わった後、また読みたくなってもう一度読みました。私が読んだ自伝の中でも最高に面白かったです。
彼の波乱万丈の足跡をたどるのも面白いし、大酒を飲んだり芸者遊びをして先生を辞めて彼女に養われたりするという飾らないところも面白いのですが、彼の自然な「滑らかな身の処し方」が魅力なのです。
詐欺事件にあって財産を失い役人を辞めた後、彼に役人をもう一度やったらどうだと勧める人に対して、「私は衣食のために苦慮せねばならぬ身分となっている。時によれば自分の意志に沿わないことでも、上官の命であればこれを聞くことを余儀なくされぬとも限らない。かかる境遇の下で官途につくことはよろしくない」と返事をしました。
このように誠の考え方を真正面から表明されると、相手はそれ以上何も言えなくなってしまい、言い争いとか無理な交渉などが起きません。彼の言ったことがそのまま通ることが多く、彼の交渉は極めて滑らかなのです。
イギリスで国債の引き受けを銀行団と交渉するときも非常に滑らかで、国債の利率や発行金額など彼の具体的な提案条件が、大きく修正されることなく受け入れられています。
日本が欧米の銀行団に国債を引き受けてもらうのを失敗すれば、日本は戦費が不足し日露戦争に負けてしまうことは目に見えていました。だから普通の人だったら相手方に無理を言ってしまい、交渉が難航し暗礁に乗り上げるか、最初から相手にされないでしょう。
是清の交渉相手は欧米のキリスト教徒でした。ユダヤ人もいましたが欧米でビジネスを行っていたので、キリスト教の発想を身につけていました。そして是清は日本人のキリスト教徒でした。従ってどちらもFreedom(自由)や誠の考え方を身につけていました。
神様を信じるということからFreedomや誠の考え方がスタートします。神様を信じれば、神様は一番良い解決策を授けて下さいます。後はそれを実施するだけで、途中の障害は断固として排除すれば良いのです。
欧米の銀行家は、是清と個人的に付き合うことによって、彼がFreedomの心を持っていることが分かりました。そこで彼の提案が一番良い解決策だと感じたので、彼の提案をそのまま受け入れたわけです。日本人が良く言う「誠意は必ず通じる」という現象は、このような仕組みになっています。この交渉の成功の結果彼の評価が上がり、結果的に彼を総理大臣の地位に押し上げたのです。
物事をなす場合に、Freedom或いは誠の考え方で当たれば、うまく行くことが多いです。ただ注意すべきは、相手にもFreedomや誠の心がなければこのやり方は逆に大失敗します。まずは相手がどういう人間かをよく観察することが大切だと思います。