大恐慌後、国際貿易は高関税政策によって半減した
アメリカ議会は不況に苦しむ国内産業を外国製品から守ろうとして、輸入関税を大幅に高くする(平均40%)法律を可決し(スムート・ホーリー関税法)、フーバー大統領はそれを阻止しませんでした。
アメリカ議会は不況に苦しむ国内産業を外国製品から守ろうとして、輸入関税を大幅に高くする(平均40%)法律を可決し(スムート・ホーリー関税法)、フーバー大統領はそれを阻止しませんでした。
第一世界大戦が終わり、世界の列強は次々に金本位制を復活しました。日本も金本位制を復活しようとしたのですが、ちょうどその時に関東大震災が起こり(大正12年 1923年)、経済復興のために、延期になりました。そして今度こそ金本位制を復活しようとした時に、アメリカで大恐慌が起きたのです。
ルーズベルト大統領はアメリカ経済を立て直すために戦争を考えたのですが、国民を説得するためにアメリカ人の重視するFreedomという考え方を利用しました。