不用意に、民族差別反対、を唱えてはならない

東アジア諸民族は非常に差別意識が旺盛で、その点で仏教による平等観に慣れている日本人とは非常に違います。欧米の白人の有色人種に対する差別は、今後激しくなっていくと考えられます。結局、日本人が考えるような人種間・民族間の平等は実現できないと思います。

今の日本にとって大きな脅威なのは、欧米からの人種差別ではなく、東アジアからの移民や難民の急増です。支那は極端な格差と経済的苦境のためにいつ内乱が起きても不思議ではありません。北朝鮮はいつ破綻するかもしれないし、南朝鮮の社会も急激に不安定になっています。

支那人も朝鮮人も愛国心をほとんど持っていません。彼らの政府が反日を宣伝するのは、日本を共通の敵にすることによって、民族の結束を図るためです。また両国は日本の敗戦後にどさくさに紛れて建国されたり(支那)、アメリカによって建てられたり(南朝鮮)していて、胸を張って語れるような国家の正統性がありません。

両国の国民には愛国心がないので、国が困難な状態になると、身を挺して国を救おうとするのではなく、自分だけそこから安全な所に逃げ出そうとします。

支那人の富裕層の8割は、国内が混乱した場合に備えて先進国に逃げだす用意をしています。南朝鮮人の8割程度も、チャンスがあれば移民をしたいと思っています。北朝鮮人も国が破たんしたら逃げ出すしかありません。そして彼らが逃げ出す先として考えているのが、欧米先進国と日本です。

反日教育によって日本人に対する憎悪を吹き込まれ、他人と助け合う心を持たない支那人や朝鮮人が大量に日本に押し寄せてきたらどうなるか、想像してみてください。

そのような危険のある時に、「人種差別撤廃」「民族差別反対」を主張することほど愚かなことはありません。そんな主張をしていたら、支那や朝鮮からの移民や難民を、そのまま受け入れるしかないではありませんか。

移民や難民を受け入れるか否かは、その国の主権に属する問題であり、国益に反すれば追い返しても良いのです。不用意に「人種差別撤廃」「民族差別反対」などと叫んで、日本の国益を自ら放棄することがあってはなりません。

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