日本の僧侶は結婚するようになった

先日教養のある女性と話をしていて、「えー、お坊さんは結婚してはいけないの!!どのお坊さんも普通に結婚しているじゃない?」と驚かれて、私の方が驚きました。

仏教は、「結婚すること、男女がセックスすることは悪いことだ」などとは言っていません。「結婚したら悟れないよ」と教えているだけです。

仏教の目的は、「苦から逃れる」ことです。大事なものが失われたときに苦しむので、最初からものに対する執着を持っていなければ、苦しむこともありません。だから出家する際に、それまで大事だと思っていたものをすべて捨てるのです。誰にとっても大事なものは、愛し合っている人間です。だから妻子を捨てて出家するのです。

妻子だけでなく、濃厚な人間関係を仏教は否定します。おしゃか様は、「人と親しく交わってはならない」と教えていました。

仏教の戒律は、出家した僧侶は異性と交わってはならない、と規定しています。しかし、戒律は法律のような善悪の判断基準ではなく、「どうしたら悟れるか」を説明するノウハウにすぎません。

ところが奈良時代に日本が仏教を導入した際に、法律で「出家した僧侶は異性と交わってはならない」と規定してしまいました。この考えは江戸時代まで引き継がれ、幕府の寺社奉行が僧侶の素行を監視していました。

明治時代になって政府は宗教に介入しないことにし、戒律についても僧侶の自主性に任せ、僧侶が婚姻届を出して来たらそれを受理することにしました。

そこで僧侶たちは「お上は、僧侶の結婚を許して下された」と考えました。結婚するとものに対する執着を呼び覚まし修行ができなくなるということなど、考えもしなかったのです。

なお浄土真宗には、僧侶がいません。親鸞聖人自身が、「自分は僧侶ではない」と言っています。従って浄土真宗のお寺の住職は、鎌倉時代から結婚していました。

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