先進国はみな社会契約説

もともとイギリス人とアメリカ人は同じ民族で、言葉も伝統文化も共通しています。ところが環境が違うと、発想のもとがお互いに理解できないほど違ってしまいました。当時のイギリスにとってアメリカ植民地は、戦前の日本にとっての満州以上に大事な存在でした。それを相手のいうことを真剣に理解しようとしなかったために、失ってしまったのです。

日本人と支那人・朝鮮人・アメリカ人は、先祖が同じわけではなく、伝統文化も全く違います。それを「人間は誰でも同じだ。ましてや支那人と朝鮮人は、漢字と儒教・仏教など共通の文化を持っている」などと考えるのは自殺行為です。このような「大アジア主義」によって日本は散々な目にあいました。

さて、アメリカ人は社会契約を本気で信じていました。独立戦争を始めて2年目の1776年に出た「独立宣言」にも、「国家権力は、被治者の同意に由来する」として、社会契約の考え方が明記されています。

他の先進国の憲法も程度の差こそあれ、社会契約の考え方をとっています。敗戦後にアメリカ占領軍が作った日本国憲法も、社会契約説の立場をはっきりさせています。それは、前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し・・・」と書かれていることからも明らかです。

もっとも日本の国家ははるか昔から存在しており、誰も国家の無い状態から契約で国家を作った覚えがありません。だから社会契約説は日本人にとってフィクションです。

先進国の中には日本以外にも、社会契約説をまじめに信じていない国があります。しかしそういう国でも、表向きの憲法は社会契約説に基づいています。また世界最強のアメリカは、社会契約説をまじめに信じています。以上ことから、社会契約説は世界標準になっていると考えられます。

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