これから「批判的人種理論(Critical Race Theory CRT)の説明をします。人種差別はたんに個々人が行っているのではなく、伝統的な習慣や法律などを通して、組織的におこなわれているものだ、と批判的人種論者は考えます。
つまり人種差別は歴史的に作られてきたものだと言っているわけで、これはマルクスが主張した共産主義です。マルクスは、君主制・キリスト教や私有財産制などという社会の枠組みは、支配者が自分たちに都合の良いように作った仕組みだと主張しました。これと同じで、人種差別も、白人が自分たちの優勢を保つために作り出した仕組みだ、というのです。
批判的人種理論は共産主義の思想なので、その主張が革命的で過激です。アメリカの有色人種には、アフリカ系黒人、ラテン系、アジア系、原住民系などに分かれていて、決して一様ではありません。白人にも、頂点に立つイギリス系プロテスタントからアイルランド系やイタリア系、ユダヤ系、東欧系などさまざまな種類があります。批判的人種理論は、実際には様々な区分があることを無視して、白人と有色人種の区別があるだけだ、と主張しています。
そして、「人種による能力の差など存在しないから、人間を個人的な能力によって評価すべきなのだ」という「色盲政策」を間違いだ、と断言しています。生物学的には人種間の能力の差は存在しないが、社会的には「人種」という概念は存在する、というのです。
批判的人種理論は人種の違いは現実に存在する、と主張しています。ただし、最終的にはこのような差別をなくさなければならないと考えています。ところが、白人の人種差別主義者も、人種の違いは存在するのだ、と言い出しました。両者の目的は正反対ですが、途中の理論は同じなのです。
人種によって見た目が違うのは事実なのだから、人間の本性として、白人は白人同士で、黒人は黒人同士で集住した方が安心できるという説明です。この理屈は、奴隷解放から1960年代までの100年間に採られてきた「分離しても平等」の政策に戻ろうというものです。当時は学校・レストラン・バスの席などが白人用と黒人用に分かれていました。
もうひとつ、「科学的人種主義」なるものも登場しました。人間の集団ごとに微妙に遺伝子が異なります。日本人と朝鮮人は黄色人種ということでは同じですが、細かいところで異なります。家畜を監視するモンゴル人は、視力に関する遺伝子が日本人より優秀です。人種間にも遺伝子の違いがあります。髪の毛が黒くて縮れているのと、まっすぐで明るい色の違いがあります。肌の色や鼻の高さも違います。人種による遺伝子の違いはあるのです。
このように、批判的人種理論の勢力が強くなってきたことで、アメリカの人種問題はどんどんややこしくなっています。
批判的人種理論は、40年前の1980年代からありました。大学の入試や、企業の入社試験などで人種別の枠を設けるなどということは、この頃から始まったのです。2020年5月に、前科があり事件当時も薬物をやっていたジョージ・フロイドという黒人男性を白人警官が射殺した事件をきっかけに、批判的人種理論が脚光を浴びました。ジョージ・フロイド射殺事件で白人警官を激しく非難したBLM運動家が、批判的人種論者だったからです。
パンデミックが流行って経済的に困窮する人が増えると、政府は貧困者に現金を支給するようになりました。ところが、白人には支給しないことを決めた民主党の支配する自治体がでてきたのです。この政策も批判的人種理論からきています。人種差別をなくすには、白人優先の社会制度を打ち壊さなければならない、と考えているからです。
これらの事件によって、批判的人種理論が予想以上に社会に根付いていること、従来の色盲政策と批判的人種理論は違う考え方だ、ということに気づき、保守派は危機感を持ちました。
2020年9月に、フォックス・ニュースが批判的人種理論を批判する番組を放映しました。それを見たトランプ大統領が、「批判的人種理論」や「白人の特権」という言葉を含む教育に対して政府の補助金を出すのを中止したのです。2021年に入ると、アイダホやフロリダなど共和党が多数を握っている州で、学校が批判的人種理論を教えるのを禁止し始めました。