仁徳天皇は優しい方ではなかったの?

私は若い時、しばらくの間堺市に住んでいました。家の近くが耳原古墳群という古墳地帯で、日本最大の古墳である仁徳天皇陵やそれより少し小さい履中天皇陵、さらには名前のついていない小さな古墳がたくさんありました。

仁徳天皇陵は本当に大きなもので、南の底辺から北の頭の部分まで電車の一駅分の距離があり、陵の周囲を一周する気にもならないほどでした。周囲はみな住宅地で、戦前まではおそらく田んぼの真ん中に古墳があったことでしょう。

どの古代史の本にも、仁徳天皇陵は秦の始皇帝陵やエジプトのピラミッドより大きく、自分の権力を誇示するために多くの民を使役して作ったものだ、と書かれていました。仁徳天皇といえば、民の貧しさに同情し三年間租税を免除した優しい方として有名です。それが広大な田んぼをつぶしてこんな大きな墓を作ったのだとしたら、日本書紀の記述と話が合いません。

最近になって、エジプトのピラミッドは農閑期に行われた景気浮揚策であり経済政策なのだ、という新説が出てきました。労働者はムチで叩かれてピラミッドを作らされたのではなく、賃金をもらっていたらしいのです。権力者の墓にはこのような使い方もあるのですね。

最近、ユーチューブで古墳に関する新しい説を見つけました。政治家の神谷宗幣さんが「CGS 目からウロコの日本の歴史」という歴史解説シリーズ番組を作っておられ、そこに有名ブロガーで歴史教科書の編纂にも携わっておられる小名木善行さんが出席して、古墳を論じています。

この番組は史実を積み上げて学説を作り上げるという方法を採っていません。過去に実際に起きたことであっても史実が残っていないと、その事実はなかったことにされます。現在残っている証拠だけで歴史を説くのでは、過去の真実に迫れない、今残っている史実をつなぎ合わせて過去を合理的に解釈していこうという考え方で、この番組は作られています。

次回の「古墳は墓ではない」に続きます。