自由と平等の意味も大乗仏教によって歪められた
日本では出家したはずの僧侶も社会生活を続けています。そのために日本人は、社会生活を送りながら、社会から離脱した視点でものを考えることが可能だと考えるようになりました。そこでもともとは社会性のない「自由」や「平等」という言葉を、社会の中で使うようになりました。
日本では出家したはずの僧侶も社会生活を続けています。そのために日本人は、社会生活を送りながら、社会から離脱した視点でものを考えることが可能だと考えるようになりました。そこでもともとは社会性のない「自由」や「平等」という言葉を、社会の中で使うようになりました。
仏教僧は建前上は、「財産も無ければ家族もなく、失うものが何もない」生活をしているはずです。失うものがないので、世間体をとりつくろう必要もなく、誰にも気兼ねせずに伸び伸びと振る舞うことができます。こういう状態を、仏教では「自由」と言っています。
神仏習合によって、見た目は仏教と神道が混合したように見えました。しかし神道と仏教はその発想がまったく違うので、教義の本質的な部分が混じりあう...
「自由」という言葉は、昔から仏教に関連した言葉で、「外部から拘束を受けず、思い通りのことをする」「勝手気まま」という意味です。この言葉を聞く...