内乱など多くの国民を巻き込んだ大事件が起きて初めて、新しい憲法の原則が多くの国民の腹にずっしりと入り、その憲法は成立します。単に口で説明したり本に書いたりしただけではそこまで徹底しません。
日本国憲法の場合、その内容が国民の腹に入るきっかけとなる事件がまるでありません。国民投票を行って憲法の賛否を問うようなこともしていません。どう考えても憲法は成立していません。これが日本国憲法の最大の問題点です。しかしこの問題をきちんと説明できないので、多くの憲法学者がこの問題を素通りしています。
伊藤正巳先生は東大で英米法を教えていましたが、非常にまじめな性格の方だったようです。国立大学の教授という立場にいる者の務めとして、日本国憲法はきちんと成立しているということを説明しなければならないと考えたのでしょう。『憲法入門』という本を書いています。
敗戦の年、連合国は「ポツダム宣言」を出して日本に降伏を迫りました。この中には、「日本に民主主義を復活させること」という要求が含まれていました。伊藤先生は、「日本はポツダム宣言を受け入れたから、新しい民主的な憲法を作る義務を負った。日本はこの義務を果たすために日本国憲法を作ったのだから、この憲法はちゃんと成立している」と主張しています。
この説は、「新しい憲法の原則が日本人の腹にずっしりと収まったのか」「日本人はこの憲法に納得したのか」「憲法制定権力は働いたのか」など、もっとも重要なポイントを無視しています。
そもそもポツダム宣言は、原爆を落とされ脅された日本政府がどうしようもなくなって、国民の了解をとりつけずに受け入れたことです。日本政府が降伏を受け入れたことと憲法の制定とは、まったく別の問題です。国民は、憲法制定という重大なことについて、政府が外国と交わした約束に拘束される必要は全く無く、自らの判断で行うべきです。
学者が一生懸命に考えてもこの程度の説明しかできないほど、日本国憲法の成立根拠は薄弱なのです。