ルターは「神の息吹」を重視した

キリスト教は、人間が神の定めた律法を守るなら、神は人間を守ってやる、という神と人間との契約が基礎になっています。律法というのは、神が人間に課した掟で、「人を殺してはならない」とか「ウソをついてはならない」「不倫をしてはいけない」などという内容です。

ところが、人間の心は欲望でいっぱいになっているために、律法を守ることができません。そこでイエス・キリストが登場しました。もしも人間がイエス・キリストを信じるならば、イエス・キリストは神にその人物を推薦します。そうしたら神は、その人物に息を吹きかけます。

その途端にその人物の心は正しくなり、自然に律法を守ることができ、天国に行けるのです。神が吹きかける息を、キリスト教は「聖霊」と呼んでいます。

人間は欲望を抑えられない弱いものだから、自力では律法を守ることができません。イエス・キリストを信じることによって、神から息を吹きかけてもらい、それで初めて天国に行けます。救われたいなら、イエス・キリストを信じれば良いのです。

以上がキリスト教の教義の根幹です。ところが、カトリック教会は次第に腐敗して、免罪符を買えば天国に行ける、などと言い出しました。

そこにルターが登場して、カトリック教会の説の誤りを指摘したわけです。ルターの主張に賛同する人が続出し、カトリック教会から決別してプロテスタントになりました。プロテスタントという言葉は、(ローマ教会に)反抗する者、という意味です。

プロテスタントは、何よりもイエス・キリストを信じて自分の心を清く正しくすることを、重視します。プロテスタントも慈善事業など人助けをしますが、これによって天国に行けると考えているわけではありません。

イエス・キリストと同じ正しい心を持てば、自然に人助けをするようになります。人助けすることで、自分が正しい心を持っていることを証明しているのです。

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