「夜這い」と書くと、まるで兵隊が地べたに伏せて敵弾を避けながら匍匐前進して、彼女の寝ている部屋に向かって進んでいくようなイメージが浮かんできます。しかし実際には、「呼ばい」と書くのが正しいようです。
彼女が熟睡している不意を襲うというのではなく、彼女の枕元に座って呼ばう、つまり彼女を目覚めさせて自分の名前を告げるということです。田舎の狭い社会のことですから、男の名前を聞けば、彼のすべてを思い浮かべることができます。
住んでいる所、交友関係、性格、イケメンか否か(おそらく真っ暗な部屋の中なので顔を見ることはできないでしょう)、甲斐性はあるか、などを彼女は総合的に判断して、彼の訪問を受け入れるか否かを判断するわけです。夜這いとは、一種のお見合いです。
地方によって夜這いの作法はいろいろあるようですが、私がかつて兵庫県の老人から聞いた話を紹介します。年頃の娘のいる家では、一部屋に親子三人が川の字になって寝るそうです。母親は入り口に寝て、娘は真ん中、父親は奥に寝て枕元には丸太を置いておきます。
彼の方は、少年を二人連れて夜這いに出かけます。少年の一人は見張りで、もう一人は先輩の下駄持ちです。彼は目指す家の雨戸に小便をかけて、音がしないで開くようにします。
娘の枕元に座って彼は自分の名前を告げます。彼女が「こいつはいやな奴だ」と思ったら、父親を足で蹴飛ばします。すると親父は丸太をつかんで彼になぐりかかります。好きでも嫌いでもない時は、母親を蹴飛ばします。すると母親は金切り声をあげます。
彼をお気に召したら彼女は黙っています。部屋の中の4人は全員が目覚めているはずですが、誰も声を出さず、沈黙のうちにことが進行します。両親もかつては同じことをしていたので、黙っています。
老人から聞いた夜這いの習慣はなかなか優雅なものですが、昭和の初期を最後になくなってしまったそうです。
『源氏物語』の主人公である光源氏が女たちにしていたことは、下々が行う夜這いよりも優雅であるかもしれませんが、本質的には同じだな、と思いました。