いま、アメリカと中国との関係も悪化しているので、これから中国でアメリカ企業叩きも盛り上がってくると思います。いまから、アメリカの電気自動車メーカーであるテスラのケースを紹介します。
中国政府は、現地企業との合弁なしの100%完全子会社を設立することを認めるほど、テスラを熱心に誘致しました。これは珍しいほどの優遇ぶりです。そこでテスラは、2019年に上海に子会社を設立しました。ところが今年2月ぐらいから、中国当局がテスラに厳しくなり始めました。国家市場監督管理総局が、製品の欠陥に苦情が来ているとして、その報告を求めるようになったのです。
4月19日、上海モーターショーの会場で、一人の女性顧客が展示されていたテスラ車の屋根に上り、ブレーキが効かないという欠陥に対してテスラ側の対応が悪い、と文句を言い始めました。
中国政府も、テスラが中国国内で販売した28万車のリコールを命じたり、政府の一部施設への乗り入れを禁止したりという嫌がらせを始めました。テスラ車が米国にデータを送っている可能性があるという理由からです。
国営メディアも、クレーム担当の幹部の更迭を要求しはじめました。当初はテスラ社も事実をもとに反論していましたが、政府やメディアの圧力に負けて、正式に謝罪をしてしまいました。後になって、当局がこの女性を使ってテスラをはめたことが明らかになりました。
2020年 世界電気自動車販売台数
1,テスラ(アメリカ) 50.0万台
2,フォルクスワーゲン(ドイツ) 22.0
3,比亜迪(BYD)(中国) 17.9
4,BMW(ドイツ) 16.4
5,ベンツ(ドイツ) 14.6
テスラが世界市場で圧倒的なシェアを持っています。3位の中国の企業は、一台60万円程度のレベルの低い製品しか作っていません。従来のガソリン車では今さら他国に追いつけない中国は、技術的にはガソリン自動車よりもキャッチアップが容易な電気自動車で、世界市場を席捲することを考えたのです。
中国政府は2009年、電気自動車産業育成のために2009年から10年に1000億元(約1兆8000億円)以上の補助金を投じたといわれています。しかし、補助金を不正受給する企業が跡を絶たず、真剣に電気自動車開発に取り組む企業はありませんでした。
そこで中国政府は、テスラを引っ張り込んだわけです。そのテスラは2018年当時、倒産の危機に瀕していました。製品開発力はあったのですが、製品を作る能力が不足して納期が大幅に遅れたり、不良品を出したりしていたのです。
そういう時に中国が、現地生産を提案したので、テスラはこの話に飛びつきました。テスラは中国で初めて、外資単独で中国に参入した自動車メーカーとなったのです。さらに中国の銀行団から5億2000万ドル(約600億円)の融資も受けられました。
2020年には、テスラの販売の3分の1が中国市場向けになり、それとともに会社全体の業績も良くなりました。
2018年 2019年 2020年
売上高 215億ドル 246億ドル 315億ドル
純利益 ▲10億ドル ▲7億ドル 12億ドル
10月22日にはテスラの株が上場来高値を更新し、時価総額がフェイスブックを超えました。
テスラは今、アメリカ国内の3工場と上海工場の合計4つの工場を持っています。5番目の工場をベルリンに建設中ですが、パンデミックのために遅れています。そのために上海工場が、中国国内向けの出荷だけでなく、欧州や日本などへの完成車輸出をも行っています。このために上海工場はテスラの主力工場となり、テスラ全体の出荷台数の4割以上を生産しています。
もはやテスラは、中国なしでは生きていけない状態になりました。そのような矢先、今年の4月に、上海モーターショーの会場で、一人の女性顧客が展示されていたテスラ車の屋根に上り、ブレーキが効かないという欠陥に対してテスラ側の対応が悪い、と文句を言うという事件が起きたわけです。そしてテスラは、中国側に屈服しました。
そもそも中国の現地企業は、外貨を外国に送金できません。テスラがいくら中国で儲けてもアメリカに送金できず、中国国内で再投資するしか、余剰資金の活用法がありません。テスラは何のために中国で事業を行っているのでしょう。
次に起きることが、テスラの技術の中国のライバルメーカーへの流出であることは、火を見るよりも明らかです。王子製紙やテスラのケースは、皆さんもある程度はすでにご存じだろうと思います。改めて、中国で事業を行うリスクについて考えていただければ、幸いです。