「 南京事件 」一覧

隣人愛を誤解した外務大臣

隣人愛を誤解した外務大臣

昭和初期に日本の外務大臣は、支那人の暴徒も「同じ人間だから、勝手気ままに振舞うことも認めてやらなければならない」と考えました。このように日本人を助けようとしない政府が「自由主義」を唱えていたので、多くの日本人は自由主義という考え方に反感を持ち、社会主義に走ったのです。

外務大臣が、英米のFreedomの原則を理解していなかった

外務大臣が、英米のFreedomの原則を理解していなかった

支那の暴徒が南京にいた外国人を襲いました。イギリスとアメリカの政府は報復のために海軍の砲艦で南京の暴徒の巣を砲撃しようとし、日本も誘いました。ところが幣原外務大臣は、この誘いを断りました。Freedomは、心の正しくない者には厳しい教育をしなければならない、と考えます。だから英米が暴徒を砲撃したのは、Freedomに則った行為です。幣原喜重郎は、Freedomの考え方を理解していなかったのです。当時も今も国際社会の原則はFreedomです。日本人の考える「自由」とFreedomは発想の根本が違うのです。それを外務大臣が理解していなかったのです。