毛沢東は、支那の伝統的な皇帝そのもの

毛沢東は支那共産党の指導者でしたから、普通に考えれば共産主義者のはずです。ところが彼の伝記などを読むと、支那の伝統的な「群雄」のひとりで、ライバルを倒して皇帝になった男だということが分かります。

国民党との内戦で勝ち国家主席という名の皇帝になったあと、林彪など共に戦った仲間を次々と殺していきました。これは漢王朝の創始者だった劉邦や明王朝の創始者だった朱元璋など、歴代の支那の皇帝のやりかたそのものです。

私生活の面では数百人の妾を養っていたし、周恩来という側近を使っていました。彼は一応首相ということになっていましたが、実質は毛沢東の秘書官で、もっと露骨に言えば宦官のような存在でした。こういう面でも、毛沢東は過去の皇帝と同じです。

毛沢東は『実践論』『矛盾論』などの著書を書いています。これらの本は共産主義を分かりやすく解説したものだということになっていますが、私には皇帝が民に道徳を教え諭したものとしか思えません。彼が書いた『持久戦論』という兵書は、「人民の海」の中に敵を誘い込んで殲滅するという内容です。「人民の海」などといかにも共産主義らしい言葉を使っていますが、元ネタは『水滸伝』という支那の古典です。毛沢東は、子供の頃から『水滸伝』の大ファンでした。

『水滸伝』は明代にできた小説で、王朝の末期に支那の各地で発生した「群雄」をモデルにして「梁山泊」という山賊の要塞を想定しています。「梁山泊」には108人の幹部がいますが、彼らのほとんどは罪を犯して流刑にされた者か、人殺しなどをして指名手配になった者です。

彼らは梁山泊に逃げ込んで徒党を組み、兵を募集して官憲に逆らいました。やくざ上がりなので、一般人に略奪・暴行・強姦をするだけで、規律もなく軍隊としては使い物になりません。彼らが戦うときは、兵や一般の人民をまるっきりの消耗品として扱っています。このような山賊のひとつが歴代の皇帝になるわけですから、支那の軍隊というのは、どこから見てもやくざです。

支那には「良い鉄は釘にならず、良い人は兵にならない」ということわざがあり、兵になるのはやくざだけです。支那の軍隊は伝統的にやくざで、毛沢東が集めた「人民解放軍」も同じです。非常に弱い軍隊なので、正面からの戦いを避け、一般人を鉄砲の弾として扱い、宣伝戦を重視します。