国債の売り込みには、国家や民族の対立がからんでいた

ポーランドは、ヨーロッパの国としてはめずらしくユダヤ人の移民を歓迎し保護していたので、ユダヤ人が非常に多く住んでいました。そのポーランドが18世紀後半にロシアに併合されたため、ロシアは世界で一番ユダヤ人が多い国になりました。

ロシア人はもともとユダヤ人が大嫌いで、国内に移住するのも禁止していたほどです。それがポーランドの併合でユダヤ人が大量に国民になったために、盛大に虐待を始めました。ロシア国内で殺されたユダヤ人の数ははっきりしていませんが、百万人は超えていたと推定されています。

ロシア人の若者たちはユダヤ人の娘を常習的にさらっていました。ユダヤ娘のお腹がふくらんでくると、ロシア人はその娘を家に帰しました。このようにしてロシアのユダヤ娘は、父親が誰か分からない子供をたくさん産んでいたのです。

昔からユダヤでは、ユダヤ人を父親に持つ者をユダヤ人と認定してきました。ところがこの規定では、さらわれたユダヤ娘が産んだ子供は宙に浮いてしまいます。そこでユダヤ人の定義を変更し、「ユダヤ人を母親に持つ者をユダヤ人とする」ということにしました。これだけロシア人は、ユダヤ人を虐待していたのです。

日本国債を5000万円引き受けたジェイコブ・シフはユダヤ系のアメリカ人の銀行家で、米国ユダヤ人協会の会長でした。日露戦争で日本がロシアに勝てば、ロシアは政治を大改革しなければならず、ユダヤ人の扱いが良くなるだろうと思いました。そして日本軍は訓練が行き届いて強いから、軍費さえあれば日本が勝つこともあると考えました。これが、シフが日本の国債を引き受けた理由です。

是清は、欧米で5回にわたり13億円という巨額の国債を売りました(5億円は借り換えなので、ネット借入額は8億円)。金額が大きいのでイギリスとアメリカだけでは足りず、ドイツやフランスにも売り込みました。どの国でも巨額な国債の発行はもはや政治問題で、銀行団は、首相や皇帝などに報告しながら是清との交渉をすすめていました。

このようなわけで、どの国の銀行団も外国の銀行団には対抗意識が強く、各国間の銀行団の足並みがなかなかそろいませんでした。是清は、各国の銀行団の利害調整に非常に気をつけていて、まるで外交官の様でした。

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