日本を難民からどのように守るのか、を考えなければならない

日本に押し寄せてくる支那人や朝鮮人を大量に入れれば、日本はとんでもないことになります。ところが大惨事を予想できない多くの日本人は、人道主義で対応しよう、と考えるでしょう。その両者の折り合いをつけようとすれば、以下のような考え方になります。

無人島などの隔離された場所に難民を収容し、最低限の衣食住を支給する。どうせ仕事などできないだろうから、「少しでも仕事をさせてもとをとろう」などとケチなことは考えない。彼らの収容はあくまで臨時の処置であって、本国が安定したら送り返す。

この案を実行するのは大変だと思います。最低限の衣食住を保障するだけでも、一人につき毎月5万円が必要で、年間60万円です。100万人を収容すれば、年間6000億円かかりますが、100万人でおさまるはずがありません。「日本は難民を受け入れてくれる」ということが知れ渡ったら、どんどんやってきます。1000万人になったら6兆円です。1億人になったら・・・。支那人は15億人いるので、1億人ぐらいの難民はすぐ発生します。

狭い収容所に大量の難民が暮らすので疫病も発生するでしょうし、暴動も起きるでしょう。そうなれば「人道主義」を主張する何人かの日本人は、「本土に日本人と一緒に住まわせて、何か仕事をさせればよいではないか」と言いだすでしょう。難民たちが非常に危険だということが分かっていながら敢えてこのようなことを主張するのは、「人命に国籍はない。人間の価値と国籍は無関係だ」と考えている人たちです。

このような考え方は、「人間はもともと仏様であって、人種・民族・国籍などの違いなど本当は存在しない」という大乗仏教の発想から来ています。我々はこのようなことを主張する人たちに対して、「あなたの主張は大乗仏教という浮世離れした宗教の教義から出た特殊な考え方であって、現実社会には通用しない」と、説得をしなければなりません。

難民を無人島に収容するという対策を最後まで貫き通す自信がないのであれば、日本の海岸線で難民を追い返すべきです。

難民問題の本質は、「かわいそうな人たちを助けてあげる」ということではありません。彼らは自分たちで問題を解決するべきです。日本人が考えるべきは、「我々の仲間である日本人と日本の伝統を、難民からどのように守るか」です。

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