支那人は、自分を最優先する

支那人の移民は様々な悪影響を日本にもたらしますが、その中でも最悪なのは彼らの考え方そのものです。

彼らが支那を脱出して先進国に移住したいと考えるのは、支那が地獄だからですが、支那を地獄にしたのは支那人自身なのです。彼らが日本に移住してきたら、日本の自然と社会を破壊し、日本人の心を汚染してしまいます。

支那には蒙古系・チベット系・タイ系などの様々な系統の者たちが入り乱れて住んでいるために、少し離れた地域の住民とは言葉が通じない、ということが珍しくありません。周囲を気心の知れない連中に囲まれているために、支那人は同じ場所に住んでいる宗族(血族)の結束を強めて自分を守るしか、方法がありませんでした。

そこで血縁関係を大事にする「孝」という道徳を最高に重要視するようになりました。孔子が孝を重視したから孝が儒教の最高道徳になったのではなく、支那では大昔から考が最高の道徳でした。

孔子の時代、互いに争っている諸侯は、競争を勝ち抜くために自国を中央集権国家にしようと努力をしていました。しかし領内に住んでいる宗族は、仲間内の利益だけを考え、国家を大事にしようという気持ちなどありませんでした。そこで孔子は、組織の中での自分の役割を果たし主君に忠誠を尽くす「忠」という道徳を強調して、中央集権化政策のための理論である儒教を作り上げ、諸侯に説いて回りました。

当時の支那では、「孝」が最高道徳だということを誰も疑っていませんでした。そこで儒教は、忠を二番目に大事な道徳だ、と主張したのです。儒教の教えでは、孝と忠が両立しない場合は、孝を優先しなければならず忠は後回しになります。

支那では2000年以上ずっと、組織の中での自分の役割を果たすという「忠」の考え方が後回しにされ続けてきました。まずは自分と宗族の利益を最優先し、国家のために何かをするのは、余力があればやるという程度のものでした。

結局支那人は、自分の事を最優先します。この発想によって、支那人は自分の住んでいるところを地獄にしたのです。

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