神様の魂が心に付着すると、人を助けるようになる

キリスト教や神道は、「人間が神を信じれば、神は自分の魂の一部をその人間に送り、人間の魂に付着させる。そうなると人間の魂はレベルがあがり、元気になる」と考えます。この考え方が近代国家を作りました。

神の魂が人間の魂に付着すると、その人間の魂は神の魂と同じように正しいものになります。神様は自分のことばかり考える人間とは違い、他人を助けて幸せにしようと絶えず努力しています。神様の魂が付着した人間も、身内だけでなく血の繋がっていない他人であっても仲間であれば助けて幸せにしようとします。このような心をキリスト教では「隣人愛」と言い、神道では「誠」と言います。

実社会には法律や掟があり、「王様の命令に従わなければならない」とか「人を殺してはいけない」「ウソをついてはいけない」など、やってはいけないことが定められています。ところが法律や掟を破らないと人を助けられない場合が、実社会ではままあります。

例えば、あなたの家に友人がやってきて、「やくざに追われている」と言ったとします。こういう時、あなたが心の正しい人であれば、自分が危険な目にあうことを顧みずに友人を助けようとするでしょう。そして、友人を家の中に隠し、やってきたやくざには「そのような者はこの家にいない。出ていけ。警察を呼ぶぞ」とウソをつくでしょう。

神と同じ正しい心を持って人を助けようとする場合には、「ウソをついてはいけない」という掟を破っても構わないのです。このような考え方を、西欧キリスト教社会では「自由」と言い、日本では「誠」といいます。もちろん基本的には、法律や掟は守らなければなりません。しかし、「神と同じ正しい心を持っていて」「人を助けるためであれば」という二つの条件を満たす場合にのみ、例外的に法律や掟を破っても良いという考え方です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする