衣のひも

万葉集の第15巻に、「吾が妹が 下にも着よと 贈りたる 衣のひもを 吾れ解かめやも」という歌があります。男が朝廷の使いで遠方に出張するときに、妹(妻あるいは彼女)が衣を彼に着せて、そのひもを結んであげたのです。男は、彼女がせっかく結んでくれたひもを絶対に解かないぞ、という気持ちを歌に込めています。

古代の日本人は、人間の魂は物質にも付着すると考えていました。彼女は自分の魂の一部を衣に付着させ、途中で落ちないようにひもを固く結んだわけです。彼は、彼女の魂が付着した衣を着ることによって、付着した彼女の魂から元気を受け取ることができたわけです。

亡くなった人が所持していた遺品には故人の魂が付着しているので、かたみわけを受けた人は、故人の魂を自分の魂に付着させることができます。遺骨は故人の体の一部だったわけですから、故人の魂が付着している非常に大事なものです。70年以上前に戦死された日本兵の遺骨収集に日本人はいまだに熱心に取り組んでいますが、これも故人の魂が遺骨に付着していると考えているからです。

外国には故人の魂が遺骨に付着しているという考えがないので、遺骨にあまり執着しません。仏教も、遺骨は単なる物質だと考えていました。奈良時代に日本に仏教が入ってきたとき、僧侶たちは葬式を行うことが自分たちの務めだとは考えていませんでした。その後いつの間にか葬式を僧侶が行う習慣が出来たのです。

今の日本では遺骨はお寺の墓地に埋葬するので、遺骨を大事にするのは仏教の教義から来ていると思われている方が多いと思いますが、実際はむしろ神道の発想です。

魂は物質にも付着するという日本人の発想が分かると、朝廷が三種の神器(鏡、玉、剣)を重視した理由が分かります。天照大神は子孫に三種の神器を手ずから授けたので、これらの神器に天照大神の魂が付着しています。だから三種の神器が大事なのです。

天皇陛下とは、天照大神の魂をご自分の魂に付着させている方ですから、天皇陛下がこれらの三種の神器を所持するべきなのです。南北朝時代に双方の皇統が三種の神器を奪い合ったのは、こういう理由からです。

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