魂の触れ合い

神道は魂の触れ合いの宗教です。これから実例を挙げて、このことを説明していきます。

「タマフリ」という神事がありますが、漢字で書くと「魂触り」となります。「触れる」という言葉は「接触する」という意味ですが、古代には「付着する」という意味がありました。「タマフリ」とは、一つの魂に別の魂を付着させる神事です。

人間がタマフリの神事を行って、自分の魂に神様などのレベルの高い魂を付着させると自分の魂が元気になる、と古代の日本人は考えました。魂は分割可能で、神様や人間はその魂を二つに分け、そのうちの一つをタマフリの神事を行っている人間の魂に付着させるのです。自分の魂を他人に分け与えたからといって、自分の魂の分量が減ってしまうとは、古代人は考えませんでした。多くの人と魂を触れ合わせると、自分の魂に他の多くの魂が付着してどんどん元気になるのです。

「自分の魂に他のレベルの高い魂を付着させると元気になる」という発想が、神道の根底にがっちりと根付いています。従ってこのキーワードを使うと、日本人の考え方が良く理解できます。

6年前に東日本大震災が起きた直後は、日本人はみなその被害の大きさに呆然としていましたが、しばらくするとみんなが自分のできることをして復興を手助けしようとしました。一流のスポーツ選手や有名な歌手・俳優の多くが被災地に出向き、自分の得意とすることを披露して被災者と交流を深めました。これに対して被災者たちは感激し、「元気をもらいました」と大喜びしていました。

これは魂の触れ合いであり、「タマフリ」の神事と同じです。あこがれのスターの魂を分けてもらいその魂を自分の魂に付着させることにより、元気になったのです。東日本大震災がきっかけになって、日本人は自分たちの伝統に目覚めたようです。

人間の魂だけでなく動物の魂を人間の魂に付着させて元気になるとも考えられていました。生まれた子供に元気な動物の名前を付けることによって、動物のエネルギッシュな魂を子供の魂に付着させようとしたのです。

7世紀に蘇我氏という大豪族がいて、朝廷で大きな勢力をふるっていました。蘇我馬子は聖徳太子を襲って殺してしまい、馬子が亡くなった後は息子の蘇我蝦夷が勢力をふるいました。蝦夷の息子の蘇我入鹿は、大化の改新によって中大兄皇子に誅殺されました。蘇我氏三代の当主は全て動物の名前がついています(蝦夷は東北地方に住んでいた日本人のことですが、当時は動物のように精悍だと思われていたのです)。

動物の名前を子供につけて元気に育つように願う習慣は、後々まで続きました。特に土佐ではこの風習が盛んで、幕末に活躍した土佐勤王党のメンバーの多くが動物の名前を持っていました。その代表が坂本竜馬です。

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コメント

  1. 日本太郎 より:

    なるほど。大谷翔平君が活躍すると、元気になる理由が分かったような気がします。
    大谷翔平君自身が「応援してくださる皆さんのお陰で、時速165キロのボールが投げられたと思います」と言っています。これは社交辞令とかではなく、彼自身の実感なのかもしれません。

    • 市川隆久 より:

      日本太郎さん、こんにちは。

      大阪大学に犬養孝教授という万葉集の専門家がおられました。彼は万葉時代の人間は、「魂を着けた、着けられた」と盛んに説明していました。お守りを渡すという行為も、自分の魂の着いたものを相手に着けさせて、元気にするという発想ですね。