テニスコートの誓い

これから憲法の話をします。

私が今の日本国憲法よりもっと良い憲法を作って、「これが新しい日本の憲法だ」と主張しても、誰からも相手にされないでしょう。では誰がどのような手続きで行ったら、憲法が成立するのでしょうか?

1789年、フランス王国では巨額の財政赤字でどうしようもなくなって、三部会を招集して財政再建策を策定することにしました。三部会は、カトリック聖職者・貴族・平民の三つの身分がそれぞれ選出した代表者たちによって、構成されていました。

当時、平民だけが租税を負担していたので、財政再建策と言っても、支配階層(聖職者と貴族)から新たに徴税する以外に方法がありません。平民議員は支配階層からの徴税を主張し、支配階層はそれに反対したために、三部会は最初から二つに分裂していました。

結局、平民議員だけでヴェルサイユ宮殿のテニスコートに集まり、「国民議会」を作りました。そして「憲法ができるまでは、この議会は解散しない」と誓い合いました。これが世界史上名高い「テニスコートの誓い」で、フランス革命はこの事件がきっかけで起きました。

国民会議で議論を重ね、ついに1791年に最初のフランス憲法が制定されました。以上が歴史教科書に書かれている内容です。でもみなさんは、どこか変だと思いませんか。

平民議員は、三部会の議員として選出されたのであって、その活動は三部会の議事を行うことに限定されています。ところが彼らは、勝手にテニスコートに集まって国民会議なるものを作ってしまいました。これは違法です。

事実、フランス国王ルイ16世は、腹心のブレゼ侯爵を国民議会に派遣して、「この会議は違法だから直ちに解散せよ」と命令しました。しかし議員たちは、国王の命令より自分たちの誓いを優先して、解散しませんでした。

もしも1791年のフランス憲法がちゃんと成立しているとしたら、違法行為を適法に変える何かの力が働いたはずです。